6選の三本目は、舞台『刀剣乱舞』です。同じゲームから生まれた舞台はほかにもあるので、最初に言っておくと、私が通っているのは歌のないほう。刀たちが、台詞と立ち回りだけで物語を運ぶ舞台です。
先にゲームで出会っていた
刀たちとは、舞台より先にゲームで出会いました。看護師になって間もないころで、夜勤の休憩に少しずつ遊んでいたゲームです。即売会に出かけたのも、このゲームがきっかけでした。そこで縫い目のきれいな小物を見つけて、作った人に声をかけた。それがレイさんとの最初です。喜好
勤めて二年目に、初めて東京の劇場に行きました。何を観たかより、帰りの新幹線で指先がずっと冷たかったことを覚えています。それからは休みを寄せて遠征するようになり、ゲームで知っていた刀たちの舞台にも通いはじめました。喜好
どんな舞台か
原案は、パソコンのブラウザで遊ぶゲーム『刀剣乱舞』です。事实[1]
このゲームからは、舞台が二つの系統で生まれています。歌のあるミュージカル『刀剣乱舞』と、歌のないストレートプレイの舞台『刀剣乱舞』。二つは作り手も出演者も別々です。事实[1]
舞台『刀剣乱舞』の脚本と演出は末満健一さん。公演の題には「虚伝」「義伝」のように「〇伝」と付くのが特徴で、最初の公演は『虚伝 燃ゆる本能寺』でした。事实[1]
刀を振る人が刀そのもの
立ち回りの場面で、役者さんは刀を振りながら、その刀自身を演じています。だから、振り下ろしたあとの腕の残り方や、鞘に納めるまでの間に、その刀の重さや性分が出る。息が上がっていても、顔は刀のまま。病棟で、苦しいのに平気な顔をしようとする人の顔を見慣れているせいか、その二重になった顔から目が離せません。解读
ゲームの声と舞台の声
ゲームの中の刀たちには、それぞれ声があります。夜勤の休憩でイヤホン越しに聞き慣れた声。だから最初の観劇では、舞台の上の声がゲームと違うことに、少しだけ身構えていました。でも幕が開いて数分で、その心配は消えました。声の高さは違っても、言葉の間の取り方や、名乗るときの胸の張り方が、ちゃんとその刀のものだった。声が違うのに同じ人だと分かる。生身の人が紙の上の人になるというのは、こういうことなのかもしれません。喜好
公式の設定ではなくて、私の読みです。刀どうしの距離は、同じ主のもとにいたかどうかで変わると思っています。ゲームの台詞の端に、それが出ています。解读
舞台だと、それが立ち位置に出ることがあります。昔の主の話になると、二人が半歩だけ寄る。役者さんが決めたのか、演出なのかは、客席からは分からないけれど。解读
公式には書いてありません。でも、見ている場所は同じです。
だから、レイさんの話を聞いたあとで観ると、半歩の意味が少し変わって見えます。解读
待ってください。その半歩、どの場面だったか、帰りにまとめて送ってもらえますか。関係の表に書き足したいので。……今の、長かったですか。
いいえ。夜公演まで、まだ時間はあります。帰りの新幹線で、一行ずつ送りますね。
カーテンコールのあとの一歩
いちばん好きなのは、カーテンコールで袖に下がる一歩です。礼をして、向きを変えて、まだ刀の顔のまま歩き出す。その一歩の途中で、ふっと肩の線がやわらかくなる人がいる。役がほどけて、生身の人に戻る境目です。今日も無事に終われた、と分かるのはそこなので、私は拍手をしながら、袖の暗がりに消えるまで見送っています。喜好
夜勤明けの新幹線
劇場に向かうのは、たいてい夜勤明けです。前の晩に小さなキャリーを用意しておいて、申し送りを終えたら着替えて駅へ。新幹線の中で少しだけ眠って、目が覚めたら手帳を開き、前の公演で書き留めた一行を読み返します。刀たちの舞台は立ち回りが激しいので、客席にいても体に力が入る。だから行きの車内では、水を飲んで、肩を回して、自分の体をほぐしておくのが決まりです。終演後、ロビーの壁ぎわで人の流れが落ち着くのを待ちながら、隣の席だった人と一言だけ感想を交わす。それで、私の遠征はやっと終わります。喜好
「〇伝」を一冊ずつ
題に「伝」と付いた公演が、一本ずつ増えていく。一本ごとに話はまとまっているのに、並べると、前の公演で見た顔があとで別の意味を持つことがある。私は観終わるたびに、手帳にその公演のカーテンコールだけを書き留めていて、気づけばそれが、刀たちの記録の一冊になっていました。勤務表を一枚ずつ重ねていくのと、少し似ています。一晩ずつは別の夜なのに、重ねると、その人の季節が見えてくる。喜好
ゲームしか知らない人へ
私は最初、ミュージカルのほうと取り違えてディスクを手に取りかけました。歌を期待して観る人がいたら、それは別の舞台です。こちらは台詞と殺陣だけで、刀を打ち合う音が客席の奥まで響きます。ゲームで好きな刀が一振りでもいれば、その刀が出ている公演から観るのが、私には入りやすかったです。刀の名前が分からなくても大丈夫です。私も最初の観劇では、知らない刀が何振りもいたので。喜好
テニスの舞台から続く道
中学生のころ、ミュージカル『テニスの王子様』をDVDで繰り返し観て、いつか自分の目で観たいと思っていました。その「いつか」が来て劇場に通うようになったあと、何度も足を運ぶことになったのが、この刀たちの舞台です。幕末の新選組を描いた『薄桜鬼』とも、刀と時代の物語という点でどこかつながっています。喜好
幕が下りる直前の一歩に、役から人へ戻る境目がある。拍手のあいだも、私は袖の暗がりまで見送っています。