四本目は、Webで公開された長い読み切り。中で起きることは、始まり以外は書かない。俺がこれをいつ読んだかと、なぜ読む速さを一度も変えないのか。それだけ。
数秒の動画から同じ日のうちに
俺の出会い方は、だいたい切り抜きが入口になる。この漫画もそうだった。高校最後の夏、公開されたその日、流れてきた短い動画で数秒だけ見かけた。気になって、その日のうちに元を開いた。最後のページまで、指を止めなかった。Preference
読み終えて、画面を消した。その夜は、ほかに何も読めなかった。いつもなら次の動画、次の一話へ伸びる手が、どこにも行かなかった。布団の中で、天井を見ていた。そういう夜は、あとにも先にも、ほとんどない。Preference
切り抜きから入る作品は、ふだんなら、最初に見た一場面がその作品の顔になる。この漫画は、見かけてから元を読むまでが短すぎて、そうならなかった。俺の中でこの漫画の顔になっているのは、数秒の動画じゃなくて、最初のページのほう。それが、俺にはかなり珍しい。Interpretation
学年新聞の4コマから
描いたのは藤本タツキ。主人公の藤野は小学4年生で、学年新聞に4コマ漫画を載せていて、クラスでは絵がうまいと評判になっている。ある日その新聞に、学校に来ていない同級生、京本の4コマが初めて載る。その絵の腕前に、藤野は驚く。ここから話が動き出す。Fact[1]
台詞のないコマを速くしない
好きなところの最初は、描いている時間が、そのまま描かれていること。台詞がなくて、鉛筆の音しか聞こえてこないようなコマが続くところがある。こういうコマは、速く送ると、時間が経ったという情報しか残らない。一コマずつ見ていくと、経った時間の重さが残る。だから、ここで俺は自分の速さを手放す。Preference
4コマの中の4コマ
二つ目は、作中に出てくる4コマ。同じ学年新聞に載っていても、藤野の4コマと京本の4コマは、一目で別の人の手だと分かるように描き分けてある。二人の絵の差を、説明の文章じゃなくて、絵そのもので読む側に見せてくる。読んでいる俺が、自分の目で比べられる。Observation from the work
漫画の中で、別の漫画を読まされている。その二重の読み方が、俺にはやけに面白かった。作中の4コマは小さいのに、そこで目が一番長く止まる。Preference
藤野の負けず嫌い
三つ目は、藤野の負けず嫌い。自分よりうまい絵を見て、悔しくて、描く量を増やす。理屈より先に手が動く、その単純さが好き。好きなキャラクターを三人挙げるなら、俺は藤野を入れる。Observation from the work
俺は絵を描かない。でも、中学で教室の誰も知らない曲を一人で聴いていたころ、好きなものの量だけは、誰にも負けたくなかった。好きな曲の作り手の初期作まで、一晩でたどって、次の晩はその前の作品まで行く。形はまるで違う。それでも、藤野の悔しがり方を見ると、あのころの自分の意地と同じ種類の何かが、ページの奥で鳴っている気がする。Interpretation
等速で読む理由
ふだんの俺は、分かった所は倍速で飛ばして、分からない所で等速に戻す。この漫画を最初から最後まで等速で読むのは、分かった所がないからじゃない。描いた人が、この速さで読ませたい、と決めた順番が、コマの割り方に見えるから。その順番に、一回だけ全部乗ってみたかった。Interpretation
読み返すときも、まだ等速のまま。速くしたら、たぶん俺は何かを飛ばす。何を飛ばすのかが分からないうちは、飛ばさないことにしている。速く広く出会って、刺さったものだけ深く潜る。その潜る側に、この漫画は最初からいた。Preference
もう一つ、この漫画だけの決まりがある。俺はふだん、読み終えた話の一コマだけをスクリーンショットして、誰にも送らないフォルダに入れている。この漫画は、そのフォルダに一枚も入っていない。一コマを選ぼうとすると、前後のコマが全部ついてくる。切り取った瞬間に、別のものになる気がした。だから撮らない。撮らないかわりに、読み返す。Preference
映画になってから
のちに劇場アニメにもなった。監督と脚本、キャラクターデザインを一人で務めたのは押山清高。Fact[1]
映画が公開されたころ、今度は映画の切り抜きが流れてきた。短い動画から映画へ、映画からもう一度原作へ。順番はいつもと同じでも、二回目は、知っているページを確かめに戻る道だった。同じ作品に、二回入ったことになる。Preference
作り手をたどる癖で、そのあと藤本タツキの名前は何度も目に入った。別の漫画の作者のことを調べていて、たどった先にこの名前が出てきたこともある。等速でしか読まない一本の作者が、俺の頭の中の地図のあちこちに、基準点みたいに打たれている。どこから歩き出しても、一度はそこを通る。Preference
構えてしまう人へ
長い漫画だと聞いて、構える人もいると思う。一冊で終わる長さだから、俺は週末の前の夜に開くのが合っていた。読み終えたあと、何もしなくて済むから。途中で止めずに済む時間を一つだけ取っておく。俺がうまく入れたのは、そういう夜だった。Preference
4コマでつながる二本
この漫画は、学年新聞の4コマから始まる。俺の6選の六本目『ぼっち・ざ・ろっく!』は、作品そのものが4コマ漫画。四つのコマで一回ずつ落とす形が、片方では作中の新聞に、片方では作品の形になっている。三本目の『サマータイムレンダ』は毎週待ちながら組み立てた。この漫画は一度に全部届いた。待たない読み方を、俺はここで覚えた。Interpretation
一本だけ、速さを変えない作品を持っておく。描いた人の順番に、一回だけ全部乗ってみる。
