This article has not been translated into this language yet. Showing the original Japanese.

Second viewing

『言の葉の庭』二周目は足もとを見る

一周目は雨の光と二人の会話に見とれて、気づいたら終わっていた。二周目に目を落としたのは、手作りの靴、ベンチの下の足、歩き方。靴を作る少年の物語は、ずっと足もとで語られていました。

This article spoils the ending

Covers映画『言の葉の庭』(2013年)の結末まで(畳んだ部分のみ。見出しと地の文には展開を書きません。小説版・漫画版には触れません)

Written for people who have finished it and want more from a second viewing. Midway developments and the details of the ending are folded away until you tap them.

For people who
46分を観終えて、雨の日にまた観たくなった人へ。二周目は二人の顔ではなく、足もとを追ってみませんか。
Spoiler range
Touches on the ending 映画『言の葉の庭』(2013年)の結末まで(畳んだ部分のみ。見出しと地の文には展開を書きません。小説版・漫画版には触れません)
Who's talking
Lucano × Misa
Types of claims: Fact Observation from the work Grounded inference Interpretation Preference
Contents 5 sections, ~6 min
  1. 一周目の僕は雨を見ていた
  2. 観直す前に知っておくと楽しいこと
  3. タカオの足もと
  4. ユキノの足もと
  5. 二周目の僕の見方

これは、映画『言の葉の庭』を最後まで観た人のための、二周目の案内です。まだ観ていない人は、ここで閉じて、できれば雨の日に観てほしい。この46分に初めて濡れる時間は、一度しかないから。展開と結末に触れるところは、全部クリックしないと開かない箱に入れました。

一周目の僕は雨を見ていた

一周目は、雨に見とれていました。水たまりの波紋、葉に落ちるしずく、ガラスを伝う筋。光の描き方が美しすぎて、二人の会話は半分くらい耳を素通りしていた気がします。Preference

二周目は、ミサに言われて目線を下げました。「あなた、靴の映画を観て顔ばっかり見てたの?」って。たしかにそうだ。主人公は靴職人を目指している。だったらこの映画は、足もとで話しているはずなんです。Interpretation

Misa

アニメはあまり観ないけど、これは恋の話だから観たのよ。で、観終わって最初に思ったのが、あの人の歩き方。ああいう歩き方をする人、現場で何人も見てきたわ。Preference

観直す前に知っておくと楽しいこと

原作・脚本・絵コンテ・演出・監督のすべてを新海誠さんが手がけたこの映画は、2013年5月31日に封切られました。上映時間は46分です。新海さん自身、雨は3人目のキャラクターと呼べるほど比重の大きい存在だと話していて、全体のおよそ8割のシーンで雨が降っています。Fact[1]

タカオが劇中で作る靴は、現実にも一足作られていて、劇場などに飾られたそうです。絵の中の靴が、現物になって一足そこにある。職人としては、その一足の木型を見てみたくてたまらない。Preference[1]

もう一つ。この映画には『万葉集』からの引用があり、その表現を研究している倉住薫さんが制作に協力しています。Fact[1]

千年以上前の言葉を、いまの雨の庭に縫いつける。古い生地を新しい服の裏地に使うようなものです。二周目は、古い言葉が出てくる場面で、二人の足がどこを向いているかも一緒に見てください。Interpretation

タカオの足もと

高校1年生のタカオは、暇さえあれば靴作りに夢中で、足もとはお手製のモカシンです。雨が降ると地下鉄を乗り継がずに庭園まで歩き、午前中の授業には出ないまま、そこで靴の形を思い描いている。Fact[1]

二周目は、タカオが歩いている場面で、足だけを見てください。自分で縫った靴で、わざわざ雨の中を歩く。靴を作る人間にとって、雨の日に歩くのは試験なんです。どこから水が入るか、どこが濡れて柔らかくなるか。僕にはあの通学路が、彼の小さな工房の延長に見えます。Interpretation

タカオの母が誕生日に家族から靴をもらう場面が、回想の中に出てきます。Fact[1]

ほんの短い場面ですが、見逃さないで。この家族の中で靴がどういうものだったかが、そこに少しだけ映っているように僕には見えます。Interpretation

ユキノの足もと

二人が最初に会うのも雨の日でした。いつものベンチへ行ったタカオは、ビールのつまみにチョコレートをかじっている女性、ユキノと出会います。二周目は、座っているユキノの足もとと、腰を上げて歩きだすときの足の運びを見比べてください。Interpretation[1]

Misa

座っているときより、歩き出すときに人は本当のことを言うのよ。重心がどっちに逃げるか、一歩目がどれだけ小さいか。私が若いルカーノに最初に叩きこんだのもそこ。Interpretation

Lucano

叩きこまれました。いまでも歩き出す前に、ミサの声が聞こえる。今日も美しいね、ミサ。

Misa

はいはい。で、私の次の衣装の締め切りは?

Up to midway中盤の展開(梅雨が明けるまで)Tap to open

梅雨のあいだ、二人が会うのは雨の降る午前だけ。その時間を重ねるうちに、タカオは靴職人になりたいという夢を打ち明けます。ユキノはある事情から味覚障害を抱えていて、タカオがこしらえる弁当のおかずには、味を感じられるようになっていく。お礼にユキノが「靴作りの本」を渡すと、タカオは彼女の靴を作ろうと心を決め、こわごわとその足の寸法を測ります。

二周目のいちばんの見どころは、この採寸の場面だと僕は思っています。服でも靴でも、採寸は相手の体に触れる、いちばん親密で、いちばん職業的な時間です。測る側は数字に集中しようとするし、測られる側は、自分の体が数字になることに少し身構える。タカオの手の慎重さと、ユキノが足を差し出すまでの間を見てほしい。言葉より先に、二人の距離がそこで決まってしまう。

梅雨明けとともに、二人はしばらく顔を合わせなくなる。晴れの日の庭園は、ユキノの目には見覚えのない場所のように映ります。二周目は、雨がやんだあとの庭園の色が、雨の日と比べてどう見えるかにも注目してください。

Ending and reveals結末Tap to open

夏休みが明けて、タカオは知ります。ユキノは自分の学校で古文を教えていた教師で、生徒たちの嫌がらせがもとで辞めざるをえなかったのだと。初めて会った日にユキノが残していった万葉集の歌に、タカオは返歌で答える。突然の土砂降りに降られてユキノの部屋へ避難し、穏やかに過ごしたあと、タカオは自分の気持ちを伝えます。ユキノは四国に帰るつもりだと話し、まだ高校生の彼とのあいだに、大人としての線を引く。黙って彼が出ていくのを見送ったあと、ユキノは裸足のまま追いかけ、二人は階段で互いの思いをぶつけ合います。

二周目にここまで来ると、裸足という一語が重く響きます。ずっと足もとの物語だったから。靴を作ってもらう人が、靴を履かずに走る。採寸までされた足が、何も守るもののないまま彼を追いかける。僕はここで、一周目には聞こえなかった、素足が床を打つ音を聞いた気がしました。

冬になると、ユキノは四国で教壇に戻っていて、タカオには彼女からの手紙が届くようになっている。仕上がった靴を手にしたタカオは、あの雨の庭で過ごした日々を、二人で歩く練習をしていた時間だったと振り返ります。そして、もっと遠くまで歩いていける日が来たら、そのとき彼女に会いに行こうと決める。

歩く練習。二周目にこの言葉を聞くと、最初のベンチの場面がまるで違って見えます。二人とも、まだうまく歩けなかった。だから座っていた。靴は、その人が自分の足で歩きだすための道具です。誰かの代わりに歩いてくれるものじゃない。タカオが最後に手にした靴は、贈りものというより、約束の形に見えました。

二周目の僕の見方

Misa

二周目で分かったわ。この映画、一度も急がないのね。雨の日しか会わないから、二人とも歩く速さを合わせる必要がない。Interpretation

ミサの言うとおりかもしれない。一周目は、雨の美しさの映画でした。二周目は、二人の足もとの映画になった。次に雨が降ったら、僕は自分の靴の底を一度見てから、これを観ようと思います。Interpretation

二周目は最初のベンチの場面で、二人の足もとだけを見てみて。顔より先に、靴が二人のことを話しはじめるから。

Works in this article

Told by Lucano A dashing designer who loves the stories behind beautiful things More from Lucano →

Read next

All articles

Back to top