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The story that helped me

ドアごしの声とチャットの返事

学校を離れて、夜通しコードを読んでいたころ。自分の腕をどこに向ければいいのか、クロには分からなかった。そこで出会った『ペルソナ5』の、後ろの席の話。聞き手は、夕飯を届けに来たノア。ノアは声で、クロはチャットで。

For people who
自分の得意なことを、どこに向ければいいか分からなくなったことがある人へ。夜がやたら長く感じる時期を過ごしている人にも。
Spoiler range
No spoilers 公式サイトに書かれている『ペルソナ5』の設定(昼は高校生、夜は怪盗として悪い大人を改心させること)と、後ろから仲間を支えるナビ役がいることまで。仲間が加わる経緯や物語の展開、結末には触れません
Who's talking
Kuro × Noa
Types of claims: Fact Observation from the work Grounded inference Interpretation Preference
Contents 7 sections, ~5 min
  1. 午前三時の部屋
  2. どっちにも転べる腕
  3. 冷めたコーヒーと猫
  4. 昼と夜のある一年
  5. 後ろの席を見つけた夜
  6. 仮面の下の声
  7. いまの小さな決まり

夜の九時。ノアは夕飯の袋を提げて、クロの部屋のドアの前に座った。ドアは開かない。いつものことだ。ノアがスマホに向かって話しかけると、返事はチャットで届く。「作品に助けられたことって、ある?」。少し間があって、画面に「……ある。長くなるけど」と出た。選んだのは『ペルソナ5』。物語の展開には触れていない。

午前三時の部屋

Noa

長くていいよ。ごはん、冷めないうちに食べながらでいいから。

Kuro

了解。食べる。……学校に行かなくなったころの話。いつだったかは言わない。そのころ俺は、夜通しコードを読んでた。午前三時とか。カーテン閉めっぱなしで、画面の光だけ。横で猫が寝てて、コーヒーはだいたい冷めてた。

Noa

今と、あんまり変わらないね。

Kuro

草。変わってない。でも中身が違った。あのころは、壊れたものを直すのが楽しかった。動かないプログラムを読んで、どこが悪いか見つけて、直す。それだけで朝になる。楽しかったのは本当。でも、ある夜ふと思った。仕組みが読めるってことは、壊し方も分かるってことだよな、って。

どっちにも転べる腕

Noa

それ、怖かった?

Kuro

怖かった。やるつもりは全然なかった。でも、自分の腕がどっちにも転べるものだって気づいたら、急に足場がなくなった感じがした。学校には行ってない。誰かに相談する場所もない。直す側にいるつもりでも、それを誰かが見てくれてるわけじゃない。自分がどっち側の人間なのか、自分で決めないといけなかった。

Noa

誰にも見られてないところで、自分の立ち位置を決めるのって、すごく難しいよね。

Kuro

それな。で、決められないまま、毎晩コードを読んで、朝になって寝た。昼に起きて、また読む。その繰り返し。何かに向かってる感じが、全然しなかった。

冷めたコーヒーと猫

Noa

そのころ、ごはんはどうしてたの?

Kuro

……聞く? 食べてなかった。正確には、思い出したときに何か食べてた。冷蔵庫にあるもの。なかったら、コーヒーだけ。コーヒーも淹れて三口飲んで、気づいたら冷めてる。

Noa

やっぱり。今と同じだ。

Kuro

今はノアがいるから違う。……で、猫だけは毎日ちゃんと食べてた。猫のごはんの時間だけは守ってた。そこだけ、一日に区切りがあった。猫がキーボードの上に乗ってきて、画面が謎の文字で埋まる。それが、あのころの俺の「休憩」だった。

Noa

猫がいてくれてよかったね。

Kuro

ほんとそれ。猫がいなかったら、たぶん昼と夜の区別が完全になくなってた。猫は俺に何も聞かないし、何も期待しない。ただ、ごはんの時間になると、じっと見てくる。あの目だけは、無視できなかった。

昼と夜のある一年

Noa

そこで『ペルソナ5』?

Kuro

そう。息抜きのつもりで始めた。公式サイトの紹介だと、主人公は東京の高校に転入して、悪しき欲望から人々を救うために怪盗になる。昼は高校生として学園生活、夜は悪いオトナと戦う怪盗。Fact[1]

Kuro

最初に効いたのは、物語より時間割だった。このゲーム、一日ずつ進む。授業に出て、放課後に誰と過ごすか決めて、夜が来る。俺には昼も夜もなかったから、画面の中に一日の形があるのが、なんか、まぶしかった。ゲームの主人公が、俺よりちゃんと暮らしてる。Preference

Noa

ゲームの中の一日に、生活を教わったんだ。

Kuro

教わった、は言いすぎ。でも、一日に区切りがあると、明日が来るのがちょっと楽になる。それは知った。Interpretation

後ろの席を見つけた夜

Noa

どこが、いちばん効いたの?

Kuro

ナビ役。前に出て戦う仲間とは別に、後ろから状況を見て、危ないところを先に知らせて、仲間を支える役がいる。誰がどういう経緯でそこに座るのかは言わない。遊んで確かめてほしい。でも、初めてその役が仲間に声を届けた場面で、手が止まった。Observation from the work

Kuro

前に出なくていいんだ、って思った。仕組みを読む力を、仲間を守るために使う席がある。俺の腕は、どっちにも転べる。だったら、転ぶ方向は自分で決めればいい。後ろの席で、仲間を無事に帰すほう。それが、あの夜に決めたこと。Interpretation

Noa

怪盗の話なのに、受け取ったのは守るほうだったんだね。

Kuro

そこは大事だから、ちゃんと書いとく。ゲームの怪盗は、ゲームの中だから成り立つ。現実で、人の心や他人のコンピュータに勝手に入るのは、どんな理由があってもやっちゃいけない。俺が持ち帰ったのは、入り込む技じゃなくて、後ろから守る席のほう。あと、ナビ役は後ろから見て、先に知らせてくれる。俺がほしかったのは、その気づく力の使い道だった。壊し方が分かるなら、壊れそうなところにも先に気づける。それを、仲間のために使えばいい。Preference

仮面の下の声

Noa

仮面をつけるっていうのも、クロっぽいね。

Kuro

公式サイトでは、題名のペルソナは、自分の中に眠る別人格が神や悪魔の姿で現れた、強大な力を持つもうひとりの自分、って説明されてる。Fact[1]

Kuro

俺にとっての仮面は、猫のアイコン。顔を出さないのは、隠れたいからだけじゃない。顔を出さないほうが、本当に言いたいことが言える。このゲームを遊んで、それでいいんだって思えた。……口では無理。チャットなら言える。今みたいに。Interpretation

Noa

うん。ドアごしでも、ちゃんと届いてるよ。

いまの小さな決まり

Noa

いまも、あのころの決めごとは続いてる?

Kuro

続いてる。仕事は守る側だけ。それと、もう一個。障害対応が片づいたら、一緒に動いた全員に「乙」って送る。前に出た人にも、後ろで見てた人にも。後ろの席の人間なりの、締めの一言。誰も気にしてないかもしれないけど、俺は毎回送ってる。それと、ゲームを一本クリアしたら、スタッフロールのあいだだけ通知を切る。あれも、たぶんあのころから。終わったものを最後まで見届ける時間を、自分にあげてる。

Noa

気にしてる人、いると思うよ。……で、今日は何時間寝たの?

Kuro

……(猫のスタンプ)

Noa

寝て。

Kuro

……了解。ごはんうまかった。食べて寝る。乙。

前に出なくても、仲間は守れる。腕の向きは、自分で決めていい。

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