ノアが夕飯を届けにきた夜、ドア越しにチャットで話した二周目の話をまとめた。ノアは一周目を劇場で、クロは配信で観ている。映画『竜とそばかすの姫』を最後まで観た人向け。まだの人は、ここで引き返してほしい。中盤と結末に触れるところは、押さないと開かない箱に入れてある。箱の外では、物語の出だしより先には触れない。
二つの絵で描かれた二つの世界
細田守が原作・監督・脚本を一人で担っている。出発点にあったのは、『美女と野獣』を舞台ごとインターネットの世界へ移したらどうなるか、という問いだったとされている。Fact[1]
この映画は、どちらの世界にいるかで描き方を変えている。現実の場面は手描き。〈U〉の中は、背景も人物もまるごと3DCGで作られている。Fact[2]
二周目は、絵の切り替わりを「場面転換」ではなく「ログイン」と「ログアウト」として観てほしい。手描きの線から光の粒の世界に入る瞬間と、そこから戻ってくる瞬間。戻ってきたときの現実の静けさを、俺は一周目より長く味わっていた。Interpretation
『美女と野獣』を知ってる人と知らない人で、最初の見え方って違うのかな。私は知ってて観たから、ずっと答え合わせしてた気がする。Preference
違うと思う。俺は二周目で初めて、元の話を横に置いて観た。置き換え方の違いのほうが面白かった。Interpretation
すずの正体を知っている人
すずを〈U〉へ引き込み、「ベル」として売り出していくのが、親友のヒロちゃんだ。ベルの中身がすずだと知っているのは、ヒロちゃんひとりしかいない。口が悪くてすずをきつく責めることもあるが、本当に困っているときには優しくなる。Fact[3]
正体を知っていて、黙っていてくれる人。俺にはそういう相手のありがたさが、よく分かる。一周目はヒロちゃんの毒舌に笑っていた。二周目は、毒舌のあとにヒロちゃんが何をしているかを見てほしい。言葉はきついのに、手はずっとすずのために動いている。Interpretation
言葉と手の動きが逆の人、いるよね。……クロもそう。返事は「了解」だけなのに、仕事は全部片づいてる。
……(猫のスタンプ)
合唱隊の大人たち
合唱隊の畑中さんは大学講師。学生のころオハイオ州に留学していて、そこで出会った孤独な13歳の少年に自分で作った歌を贈り、喜ばれたことがあると話す。Fact[4]
一周目の俺は、ここを大人たちの昔話として聞き流していた。二周目は、この場面で再生を止めないでほしい。合唱隊の大人たちが、すずにどんな距離で話しかけているか。近づきすぎず、離れすぎず。説教はしない。ただ自分の経験を置いていく。Observation from the work
Ending and reveals結末と正体Tap to open
竜の中にいたのは恵という14歳の少年で、父親と弟と三人で暮らしていた。すずは〈U〉で、ほかの誰のためでもない竜ひとりに向けた歌を作り、それを捧げる。
畑中さんが語った、孤独な少年に歌を作って贈った話は、すずがこれからすることの、ほとんどそのままの下書きだった。大人たちは答えを教えない。でも、自分が昔そうしたことだけは話しておく。二周目にこの場面を観ると、合唱隊の大人たちが、すずより先にすずの行き先を歩いていた人たちに見える。Interpretation[5]
アバターの姿かたち
「オリジン」は、〈U〉で〈As〉を持つ本人の呼び名。〈As〉は、〈U〉でのアバターのことだ。Fact[6]
二周目は、ベル以外の〈As〉の姿を一体ずつ見てほしい。どの〈As〉も、持ち主が選んだ見た目というより、持ち主の内側が勝手に形になったように見える。俺の猫のアイコンも、たぶん同じ。選んだつもりで、選ばされている。Interpretation
Up to midway中盤の展開Tap to open
竜の城にはバラが咲いている。色とりどりのそのバラを世話しているのは、〈As〉の天使だ。大きさは手のひらほどで、姿はクリオネに似ている。この天使を動かしていたのは、竜をヒーローとして慕う男の子・知だった。
『美女と野獣』を知っている人なら、城のバラが何を意味するかはすぐ分かる。でもこの映画では、バラを育てているのは野獣ではなく、野獣をいちばん近くで慕う小さな存在。置き換え方のずらし方が、二周目にいちばん効いた。Interpretation[7]
台所の父親
すずの父は妻を亡くしたあとも、娘のことをずっと気にかけている。ただ、言葉のやりとりがうまくいかず、すずとどのくらいの距離でいればいいのか分からないままだ。Fact[10]
一周目の俺は、父親の場面をほとんど覚えていなかった。派手な〈U〉の場面にはさまれて、短くて、静かだから。二周目は、父親が画面に出てくるたびに、すずとの距離を目で測ってほしい。同じ部屋にいるのか、廊下をはさんでいるのか、言葉を交わしているのか、交わしていないのか。返事が短いのは、嫌っているからとは限らない。それは俺がいちばんよく知っている。Interpretation
Ending and reveals結末(ラストシーン)Tap to open
物語の最後、家に帰ったすずを、父が迎える。父は彼女を信じて送り出していた。親子のあいだに横たわっていた心の溝のようなものも、もう見当たらない。
〈U〉で世界中に届いた歌のあとで、最後に描かれるのは、たった一人との距離が縮まる場面。二周目は、最初のほうの父親の場面と、この最後の場面を続けて観てほしい。いちばん遠かったのは、いちばん近くにいた人だった。Interpretation[11]
短い返事でも、毎日返ってくるなら、それはもう会話だと思う。量じゃなくて、途切れないことのほうが大事なのかも。Interpretation
……ん。それ、メモしとく。
アンベイルという言葉
〈U〉には、〈As〉の持ち主の現実の姿を強制的に暴く「アンベイル」がある。Fact[8]
顔を見せない側の人間として、この設定は一周目から胸が苦しかった。二周目は、アンベイルという言葉が出てくる場面を全部メモしてほしい。誰が、誰に向かって、どんな声でこの言葉を口にするか。Preference
Ending and reveals結末Tap to open
恵の信頼を得るには、どうすればいいか。すずが選ぶのは、自分から〈U〉でアンベイルされることだ。生身の姿のまま歌うすずに、全世界から喝采が届く。
アンベイルは、他人の顔を力ずくで暴く道具として出てきた。でも最後は、自分の顔を、自分で、誰かのために明かす行為に変わる。俺はたぶん、自分の顔をこういうふうには明かせない。でも、明かすかどうかを自分で決めていい、ということは、この映画にもらった。
なお、物語の後半には、家庭で子どもが傷つけられる描写がある。二周目でつらい日は、無理に通さなくていい。Interpretation[9]
クロがどうしてても、ごはんは届けるからね。冷めないうちに食べて。
了解。……ありがと。
二周目は、合唱隊の大人たちが話している場面で、すずではなく大人たちの顔を見る。答えを言わずに置いていった言葉が、ちゃんとそこにある。