This article has not been translated into this language yet. Showing the original Japanese.

Everyday

道具を取り替えて観た『メメント』

Spoiler range No spoilers 映画『メメント』(2000年)の始まりの設定と、場面の並べ方(カラーと白黒の二つの流れ)まで。事件の真相・登場人物の正体・結末には触れません

場面を入れ替えた表を作るユウリと、一場面ずつ巻き戻して手がかりの場所を探すレン。今週は道具を取り替えて、同じ『メメント』を観てきました。水曜の夜のファミレスで、互いの見つけたものを並べます。

For people who
『メメント』を観て、場面を起きた順に並べ直してみたくなった人へ。同じ作品を、友だちと違う道具で観直してみたい人にも。
Who's talking
Yuuri × Ren
Family diner 駅の近くのファミレスの奥の席 十月の水曜、夜八時ごろ

十月の水曜、夜八時ごろ。ファミレスの奥の四人席に、ユウリとレンが向かい合って座っていた。テーブルの上には、ドリンクバーのコーヒーが二つと、ノートが二冊。ユウリのノートには升目いっぱいに番号と矢印が、レンのノートには短い言葉がまばらに並んでいる。

先週、同じ席で決めたことがあった。次の一本は、互いの観方を取り替えて観てくること。題材は二人とも好きな映画にした。

レンはいつものように、コーヒーを先に注いで冷めるのを待っている。ユウリは眼鏡を指で押し上げてから、自分のノートの最初のページを開いた。

Yuuri

取り替えると決めてから、観る前の晩は少し緊張しました。人の観方を借りるのは、人の眼鏡をかけるのに似ていますね。

Ren

度が合わなくて、頭が痛くなるやつだ。

Yuuri

ええ、最初のうちは少し。慣れてくると、自分の眼鏡では見えなかった所に、ぴたりと焦点が合う瞬間がありました。

Ren

じゃあ、答え合わせ。……答え合わせ、っていう言い方も変か。見せ合い。

Yuuri

見せ合いにしましょう。『メメント』は、僕もレンさんも何度目か分からないくらい観ていますから、取り替えるならこれがいいと思ったんです。[1]

2000年のアメリカ映画。脚本・監督はクリストファー・ノーラン

Ren

先に僕から。ユウリくんの表どおりに観てみた。

Yuuri

表どおり、というと、起きた順にですか。

Ren

うん。その前に、知らない人のために形だけ言っておくね。

Ren

主人公は、新しい記憶をためておけない男。だから写真を撮って、メモを書いて、大事なことは体にタトゥーで残す。それを手がかりに、ある事件の犯人を探してる。[2]

Yuuri

そして、並べ方が変わっています。

Yuuri

カラーの場面は、物語の終わりのほうから時間を逆向きにさかのぼって映されます。そのあいだに、白黒の短い場面が挟まっていて、こちらはふつうに起きた順に進む。二つの流れが、交互に出てきます。[1]

Ren

その二つが最後にどうなるかは、ここでは言わない。

Yuuri

言わないでおきましょう。そこは、観る人が自分で確かめる所です。

ユウリはノートを開いて、レンのほうへ向けた。左の列に白黒の場面、右の列にカラーの場面。右の列だけ、番号が下から上へ振ってある。

Ren

これ、起きた順に知りたければ、白黒を前から順に観て、それからカラーを終わりの場面から逆に観ていけばいい、っていう表だよね。チャプターを一つずつ選んで、その順に再生した。[1]

Yuuri

二時間、リモコンを持ちっぱなしだったでしょう。すみません。

Ren

途中で一回、押す番号を間違えた。でも、それはいい。問題はそこじゃなくて。

Yuuri

はい。どうでしたか。

Ren

……分かりやすかった。分かりやすすぎて、主人公の隣にいる感じが消えた。いつもなら、僕も一緒に「さっき何があったっけ」って迷う。順番どおりだと、迷わない。迷わない僕は、あの部屋の外から主人公を見てる。

Ren

一つだけ、順番どおりのほうがよかった所もある。白黒の場面って、モーテルの一室で、電話の向こうの誰かに話してる所から始まるよね。[1]

Yuuri

ええ。部屋の中で、ずっと誰かと話している。

Ren

いつもの順だと、あの部屋はカラーの場面に割りこんでくる休憩所みたいに見えてた。順番どおりに続けて観ると、あの部屋にいる時間の長さが、体に来る。同じ部屋から出られない感じ。あれは、ユウリくんの表がなかったら気づかなかった。

Yuuri

表を作った僕のほうは、そこに気づいていませんでした。並べ替えると、場面は全部、同じ大きさの升目に入ってしまうので。長さが消えるんです。

Ren

升目は、長さを持たない。

Yuuri

数学の表は、たいていそうです。順序だけ残して、間合いは捨てる。……いまのは、自分の仕事に耳の痛い発見でした。

Ren

ユウリくんの仕事の表って、どんなの。

Yuuri

同じ材料でも、並べる順番の数だけ別の振る舞いをする、ということを考えています。並べ方そのものを数える表は作れる。でも、一つ一つの並びの中で、人がどれくらい待たされたかは、表の外にこぼれてしまう。今日、レンさんの話を聞いて、こぼれたほうを拾う欄が要るのかもしれない、と思いました。

Yuuri

もともとの並べ方は、観ている人を、主人公と同じ状態に置くための形だと言われていますね。[1]

Ren

うん。順番どおりに観て、それがよく分かった。形を外すと、状態も一緒に外れる。

レンはコーヒーに一度だけ口をつけ、すぐにカップを置いた。もう少し冷めてから飲むつもりらしい。今度はユウリの番だった。

Ren

ユウリくんは、僕のやり方で観たんだよね。

Yuuri

はい。一場面ずつ止めて、巻き戻して、何が画面のどこにあるかだけを書く。いつ明かされたかは、書かない。それが、思っていたよりずっと難しかった。

Ren

何が難しかった?

Yuuri

手が勝手に、番号を振ろうとするんです。この写真は、何番目の場面で初めて出てきたか。気がつくと、また順番の表を作りかけている。三回くらい、ノートの番号を消しました。

Ren

それは、癖だね。僕も最初は、ユウリくんの表の空いてる欄に、場所を書きこみそうになった。

Yuuri

レンさんは、どうして巻き戻すのですか。見落としが怖いから、ですか。

Ren

……怖いのとは、少し違う。そこにあったのに、一回目の僕が見てなかった。その見てなかった僕を、確かめに戻ってる感じ。見つけたら、それで終わり。誰かに言いたいわけでもない。

Yuuri

確かめに戻る。表を作る僕は、たぶん先回りをしたいほうです。同じ映画で、片方は戻って、片方は先へ回る。

Yuuri

番号を書かないと決めてからは、写真ばかり見ていました。写真やメモに残した言葉は、残したときの場所から、主人公といっしょに次の場面へ持ち運ばれていく。僕はこれまで、その言葉が観客に読まれる瞬間ばかり数えていました。レンさんのやり方で観ると、言葉はいつ読まれたかより先に、ずっとそこにあるんですね。主人公の手元に。

Ren

そう。書かれた言葉は、読まれるまでのあいだも、画面のどこかにある。僕が巻き戻してるのは、たぶん、その待ってる時間なんだと思う。

Yuuri

待っている時間。……それは、僕の表には一度も出てきたことのない欄です。

Ren

僕のノートにも、いつ、の欄はない。だから今日、二冊並べると、ちょうどいい。

二人はしばらく黙って、互いのノートをめくった。隣の席で、誰かがドリンクバーの氷を鳴らした。ユウリのノートの一ページに、レンが鉛筆で小さな丸を一つ描き足した。番号の振られていない、ただの丸だった。

Yuuri

その丸は、何の印ですか。

Ren

丸のとこ、見て。ユウリくんの表で、番号の振りかたが一か所だけ迷ってる。消した跡がある。

Yuuri

……そこは、どちらの流れに入れるか、最後まで決めきれなかった場面です。

Ren

どの場面かは、言わなくていい。観た人なら、たぶん分かる所だから。

Yuuri

では、言わないでおきます。レンさんの丸がついたことで、迷った跡のほうが、表の中でいちばん正直な升目に見えてきました。

Yuuri

初めて観る人がいたら、どちらの道具を勧めますか。

Ren

どっちも勧めない。最初の一回は、主人公と一緒に迷うのがいちばんいい形だと思う。道具は、二回目から。

Yuuri

僕も同じです。一回目に表を作ると、その人だけの迷い方が消えてしまう。迷った跡は、あとでしか書けませんから。

Ren

来週はどうする。また取り替える?

Yuuri

そうですね。……いえ、次は、どちらの道具も持たずに観てみませんか。表も、巻き戻しもなしで。

Ren

ノートなしで? それは、僕のほうが落ち着かないかもしれない。

Yuuri

僕もです。だから、観終わってからここに集まって、何を覚えていたかだけを話す。覚えている順番が、二人でどれくらい違うか。

Ren

それなら、主人公と同じ条件になる。……いい。それにしよう。

Ren

帰る前に、その表、丸のついたページだけ写させてもらっていい?

Yuuri

どうぞ。代わりに、レンさんのノートの、写真とメモのことを書いたページを写させてください。番号は振らずに写しますから。

Ren

交換だね。振りたくなったら、鉛筆で薄く。

レンはようやく、ちょうどいい温度になったコーヒーを飲んだ。ユウリはノートを閉じかけて、レンの描いた丸のページにだけ、しおりを挟んだ。それから自分の手帳を開き、レンのページを写しはじめた。番号を振りそうになるたびに、ペンを止めながら。

Works in this article

Told by Yuuri A quiet mathematician on weekdays, a cheerful clown on weekends More from Yuuri →

Read next

All articles

Back to top