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最後の一本は、アニメじゃなくて小説。『山月記』。短い。本当に短い。なのに、読むたびに一行ずつ自分の弱さを言い当てられる。語りの核心と終わり方は書かない。書くのは、この短さがなぜこんなに重いのか。
教科書で一回、授業でもう一回
最初に読んだのは高校の国語。そのときは、漢字が多いな、くらいの感想だった。恋愛の歌ばかり聴いてた時期で、難しい言葉より、切ないサビのほうが体に入ってた。喜好
二回目は文学部に入ってから、授業で。先生が一段落ずつ声に出して読んだ。そのとき初めて、この文章が「音」で書かれてることに気づいた。漢語の硬い響きが、太鼓みたいに一定の速さで鳴ってる。目で読むより、耳で読むほうが重い。喜好
新潮社の新潮文庫『李陵・山月記』のページは、「山月記」を紹介するのに、人はどんなときに人であることを捨て、畜生にまで成り下がるのか、という問いを置いています。人の心のいちばん奥まで描き出した作品で、もとになったのは中国の古典だ、とも。事實[1]
中島敦が三十三歳の若さで亡くなるまでに残したのは、中編がわずか二編、短編が十数編だけだった、と同じページにあります。短い生涯の、短い作品。俺はその数字を見て、なんだか背筋が伸びた。喜好[1]
好きな理由1:告白の順番
人の姿を失った李徴が、旧友に自分のことを語る。その語りが、すごく順番よく組まれてる。話しやすいことから話して、言いにくいことほど後ろに回す。いちばん言いたくないことに、なかなかたどり着かない。人が本気で何かを打ち明けるときの順番そのものだ。解讀
脚本の授業で、告白の場面は「言いたいことを最初に言わせるな」と習った。この作品は、授業で習うずっと前から、それをやってる。昔も今も、人の口の重さは変わらないってことだ。解讀
好きな理由2:言葉への執着が、檻になる
李徴は詩で名を残したかった人だ。言葉にこだわって、こだわりすぎて、人と交わらなくなる。読んでて、胸のあたりがちくちくする。俺も言葉にうるさい。台詞の一語に何分も止まる。それ自体は悪いことじゃないと思ってる。でも、こだわりが人を遠ざける言い訳になったら、それはもう檻だ。解讀
中学のころの俺は、自分のノートの言葉がいちばんかっこいいと思ってた。誰にも見せなかったのは、見せたら笑われるのが怖かったからだ。見せないで、ひとりで磨いて、ひとりで満足してた。『山月記』を読むと、あのノートの重さを思い出す。喜好
兄ちゃん、それで最近、書いたもの人に見せるようになったの?
……サークルの台本だけな。直されると、まあまあ傷つく。
傷ついても見せるの、えらいじゃん。稽古と同じ。
好きな理由3:短いから、何度でも戻れる
二時間の映画を最後まで観られない俺が、この作品だけは何度も読める。短いからだ。一回の通学で読み終わる。読み終わって、駅の階段を上がるころに、一行だけ頭に残ってる。その一行が、日によって違う。疲れてる日は自尊心の話が残って、元気な日は友だちとの会話が残る。喜好
短い物語は、どこまで人を変えられるか。俺が考えてるテーマの答えは、まだ出てない。でも、短い物語は、何度でも同じ場所に戻ってこられる。戻るたびに、こっちが少しずつ変わっていく。それは、長い物語にはなかなかできないことだと思う。解讀
漢語の響きと、月の明るさ
もう一つ好きなのは、硬い漢語の文章の中に、ふっと景色が差しこまれるところだ。夜の気配や月の明るさが、短い言葉で置かれる。説明ばかりの文章だったら、ここまで胸に残らなかったと思う。告白の重さを、景色が少しだけ受け止めてくれる。解讀
高校のころに聴いていた恋の歌も、サビの直前に、よく月が出てきた。言いにくいことを言う前に、人は空を見る。たぶん、いつの時代の言葉でもそうなんだと思う。この作品の月を読むたびに、俺は自分の部屋の窓を開けたくなる。開けて、何を言うわけでもないけど。喜好
短い作品は、読み手に余白を渡す。全部を説明しないから、空いたところに自分の経験が流れこむ。中学の俺のノートも、高校の恋の歌も、オーストラリアで言葉が出なかった日も、この余白に勝手に入ってくる。読むたびに違う話になるのは、たぶんそのせいだ。解讀
教科書で読んだきりの人へ
教科書で読んだきりなら、今度は声に出して、最初の段落だけ読んでみてほしい。意味は全部わからなくていい。音の硬さと速さが分かれば、それで入口は開いてる。漢字がつらいなら、読み仮名の多い版を選べばいい。
長い本が読めなくなった人にこそ、勧めたい。短い動画を十本観るのと、だいたい同じくらいの時間で、一生ついてくる一行が手に入る。……コスパの話をすると風情がないな。
ほかの5本とのつながり
俺の6選の五本は、仮面や組織や理想で、人とつながろうとする話だった。『山月記』だけは、つながれなかった人の話。だから最後に置いた。帝国をつくりたいなら、まず人と話せ。たぶん、この小説はそう言ってる。……俺に言ってる。喜好
短い物語は、何度でも同じ場所に戻ってこられる。戻るたびに変わっているのは、読んでいるこっちのほうだ。