目錄
ミステリーというと、どうしても大きな事件を思い浮かべる。でも、この作品の謎は、教室や部室の片隅に落ちているようなものばかりだ。6選の最後、6本目は『氷菓』。個々の謎の中身や答えには触れません。書くのは、この作品が僕の「考える場所」をどう広げたか、です。
どんな作品か
原作は米澤穂信さんの「古典部シリーズ」(角川文庫)。シリーズ構成は賀東招二さんです。事實[1]
監督は武本康弘さん、制作は京都アニメーション。事實[2]
ひとり暮らしの部屋で
出会ったのは、学生時代の後半。いろいろな分野の授業をつまみ食いしていた時期で、ひとり暮らしの狭い部屋で、夜に一話ずつ観ていた。それまでの僕は、考察というのは大事件や大きな仕掛けに向けるものだと思いこんでいた。この作品は、そこを静かにひっくり返した。
ある回を観終わったあと、僕は台所で湯が沸くのを待ちながら、昼間に大学の掲示板で見かけた、ちょっと不思議な貼り紙のことを考えていた。なぜあの位置に、あの書き方で貼ってあったのか。答えは出なかった。でも、考えているあいだ、妙に楽しかった。
それ以来、ノートの最後のページを「なんで帳」と名づけて、日常で見かけた小さな引っかかりを書きためている。駅の階段の片側だけすり減っている理由。いつも同じ曜日にだけ並ぶ自販機の新商品。答えを調べないまま残しておくのがルールで、ときどき読み返しては、自分なりの仮説を横に書き足す。仮説が三つ並んだまま、何年も決着していない項目もある。
好きな理由その一:謎が小さい
この作品で扱われる謎は、多くが学校の日常の中にある。誰かが困るほどではないけれど、気づいてしまうと、なんとなく落ち着かない。そういう引っかかりを、登場人物たちは本気で考える。作品中的觀察
謎が小さいと、答えが出たあとに残るものも、劇的な驚きではなく、ささやかな納得だったりする。僕はその残り方が好きだ。大事件の謎解きが花火だとすると、この作品の謎解きは、窓から差しこむ夕方の光みたいなものだと思う。解讀
その二:省エネの探偵と「気になります」
主人公の折木奉太郎は、なるべくエネルギーを使わずに生きたいという主義の高校生だ。その彼を、古典部の千反田えるが「わたし、気になります」と動かしてしまう。この一言が、作品の中で何度も繰り返される。作品中的觀察
僕は複雑なミステリーと同じくらい、単純な繰り返しの完璧さが好きだ。同じ言葉が出てくるたびに、「来た」と思う。そして、繰り返されるたびに、その一言を受け取る折木の反応がほんの少しずつ違う。同じ台詞を土台にして、関係の変化を見せる。この仕組みを見つけたとき、僕はノートに長い文章を書いてしまった。解讀
折木の好きなところは、省エネを掲げながら、小さな引っかかりを見過ごさないところだ。面倒くさがりなのに、気づいてしまう。気づいてしまったら、手短に片づけようとして、結局ちゃんと考える。その矛盾が、なんだか人間らしい。喜好
その三:考えている時間の描き方
人物が考えこむ場面や、好奇心に引っぱられる場面が、ときどき現実から少し離れた、不思議な映像で描かれる。頭の中で起きていることを、説明の台詞ではなく、画面の変化で見せてくれる。考える時間そのものが、ちゃんと見せ場になっている。作品中的觀察
それから、教室や廊下に差す光。季節や時間帯で色が変わって、同じ部室でも、場面ごとに違う空気になる。謎が小さいぶん、その周りの空気を丁寧に味わえる作品だと思う。喜好
「なんで?」の向こうにいる人
小さい謎って、私も好き。でも、レンは謎の仕組みのほうを見てるでしょう。私が気になるのは、その謎を残した人が、なんでそうしたのか、のほう。
仕組みを見てる、は当たってる。どう組み立てられているかを先に考えちゃう。
私はこの作品、謎を解くと、だいたい誰かの小さな事情に行き着くように受け取ったの。だから答えが出ると、少しだけ、その人の隣に座れた気がする。解讀
……そうか。僕は「解けた」で止まってた。解けたあとに、誰の隣に座れたかまでは数えてなかった。次に観るときは、謎ごとに「誰の話だったか」を一行書いてみる。
これから観る人へ
派手な事件が起きないぶん、最初の数話は静かに感じるかもしれない。そういうときは、謎を解こうとしなくていい。登場人物と一緒に、ただ「なんでだろう」と思うだけで十分です。答えを当てるより、気になった気持ちを大事にする作品だと、僕は思っています。一話観終わったら、その回でいちばん気になった一言だけをメモしておくと、次の回がもう少し楽しみになります。観る順番は、放送どおりで大丈夫です。喜好
ほかの好きな作品とのつながり
会話の中の小さな引っかかりを手放さない感覚は、『オッドタクシー』を観るときの耳にもつながっている。大事件ではない謎を楽しめるようになったことで、『Outer Wilds』の「ここ、気にならない?」にも、素直に乗れたのだと思う。
今日見かけた小さな「なんで?」を一つ、答えを出さずに一日持ち歩いてみる。