『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』を観直しました。一周目の私は、絵本がそのまま動き出したような画面に見とれて、物語の糸をいくつも取りこぼしていました。二周目は、冒頭で母が兄に語る昔話を、物語全体の目次だと思って観ることにしました。最後まで観た人向けのノートです。展開と結末にふれるところは畳んであります。
二周目を始める前に
長編アニメーション映画で、アイルランドの作品です。発表は2014年、日本での公開は2016年8月20日です。トム・ムーアさんが監督し、製作会社はカートゥーン・サルーン。英語の作品です。事實[1]
5カ国(アイルランド、ルクセンブルク、ベルギー、フランス、デンマーク)による国際共同製作で、もとになっているのは、アイルランドで伝えられてきた神話です。物語の中心には兄妹がいます。二人の父は人間、母はセルキー。海ではアザラシに、陸では人間の女性になる妖精です。事實[2]
母が語ったお話の目次
灯台のある海辺の家で、母は幼いベンにいろいろなお話や歌を聞かせます。巨人マクリルとその愛犬の物語。セルキーが歌えば妖精たちが家に帰れる、という伝説。古い言葉で綴られた美しい歌。ある晩、ベンは母から貝の笛を受け取ります。海の歌が聞こえてくる笛です。事實[3]
一周目は、子どもを寝かしつける優しい場面として流れていきました。二周目の見どころの一つめは、ここで語られるお話を、手帳に一つずつ書き出してから観ることです。巨人、犬、セルキーの歌、古い言葉の歌、貝の笛。このあと起きることの多くが、ここで先に名前だけ出されています。物語の最初に、物語の索引が置いてある。私はそういう映画に弱いんです。解讀
話さない妹
シアーシャという妹が生まれたとき、母は海へ消えてしまいます。ベンは、母がいなくなったことを妹のせいにしていて、妹につい意地悪をしてしまう。6歳になっても、シアーシャは言葉を話しません。彼女の誕生日は、母の命日でもあります。事實[4]
二周目の見どころの二つめは、シアーシャが言葉の代わりに何で気持ちを伝えているかです。目、手、それから貝の笛の音。台詞のない人物の場面は、字幕でも吹き替えでもほとんど変わらずに届きます。言葉の違う誰かと同じ映画を観るとき、私はいつも、こういう場面でいちばん深くうなずき合える気がしています。解讀
町へ連れていかれる途中で、ベンは道順の地図を描きます。知らない場所で、帰り道を自分の手で書き残しておく。地図を持たずに旅に出られない私は、この場面で一気にベンの味方になりました。妹に意地悪ばかりしていた兄が、帰り道だけは誰より真剣に覚えようとしている。そこに、ベンの本当の願いが透けて見えます。作品中的觀察
同じ声の二人
声の配役を見ると、おばあちゃんとフクロウの魔女マカは同じ人が演じています(原語版はフィオヌラ・フラナガンさん、日本語吹き替えは磯辺万沙子さん)。父のコナーと伝説の巨人マクリルも同じ人です(原語版はブレンダン・グリーソンさん、日本語吹き替えはリリー・フランキーさん)。事實[5]
マカは魔女で、妖精の感情を奪って石に変えてしまう力を持っています。事實[6]
中段為止中盤の展開點擊展開
語り部のシャナキーの髪をたどったベンは、巨人マクリルのお話の続きを知ります。悲しみのあまり嘆き続ける息子を見ていられなかった母マカが、その感情を取り去って、息子を石にしてしまった。マカは、ほかの者たちも悲しみから救おうとして、同じように石に変えていたのでした。作品中的觀察
中段為止中盤の展開(続き)點擊展開
二周目の見どころの三つめは、同じ声の二人を並べることです。悲しみに沈んで黙りこむ父と、石になった巨人。子どもを守ろうとして厳しくなる祖母と、悲しみを取り去ろうとする魔女。同じ声で演じられているから、昔話の人物と家族の誰かが、耳の上で重なって聞こえます。昔話は遠い国の話ではなく、この家族の話を別の言葉で言い直したものなのだと、二周目にやっと分かりました。解讀
忘れっぽい語り部
シャナキーは、髪の毛の一本一本に物語を持つ語り部です。とても忘れっぽい。事實[6]
髪の一本ずつに物語がしまわれていて、本人はそれをよく忘れる。私には、図書館や古書店の棚そのものに見えました。誰かが一冊を手に取るまで、物語は眠っている。翻訳もそれに似ていて、ある言葉で書かれた物語は、誰かが別の言葉に移すまで、その言葉の外では眠ったままです。解讀
訳された歌
母ブロナーの声は、原語版ではリサ・ハニガンさん、日本語吹き替えでは中納良恵さんが演じています。日本語版のテーマソングを歌うのも中納さんで、訳詞も担当しています。事實[7]
公式サイトによると、原語版のメインテーマはリサ・ハニガンさんです。事實[8]
どちらの言葉の版でも、母の声を演じた人が、この映画の歌を歌っている。二周目の見どころの四つめは、そこです。私は歌の言葉をここで引くことはしません。ただ、訳詞という仕事を思うと、選ばれた言葉の後ろに、選べなかったもう一つの言葉がいくつも並んでいたはずだと想像します。原語の歌と日本語の歌を続けて聴くと、同じ旋律の上で、言葉だけが別の岸から届いてくる感じがしました。解讀
夜明けまでの歌
中段為止中盤の展開(夜明けまで)點擊展開
妖精の国も、シアーシャの命も、マカのゆがんだ愛情によって消えかけています。マカの魔力に対抗できるのは、セルキーの歌しかありません。しかも歌うのはハロウィンの夜明けより前。間に合わなければ、すべてが消えてしまいます。事實[9]
結局·真相結末點擊展開
水を怖がっていたベンは、その恐れを越えて海に潜り、シアーシャのコートを取り戻します。コートを着たシアーシャが歌うと、石になっていた者たちが解き放たれて、妖精たちは自分たちの世界へ帰っていく。そこへ母が現れ、シアーシャを連れて行こうとしますが、半分人間であるシアーシャに、残るかどうかを選ばせます。シアーシャは残ることを選び、母は家族に最後の別れを告げて去っていきます。作品中的觀察
結局·真相結末を知ってから點擊展開
ここまで観てから冒頭に戻ると、母が語ったお話は、子守歌であると同時に、母がいなくなったあとに子どもたちが使う道具だったように見えます。話さない妹が最後に歌い、怖がりの兄が最後に海へ入る。母がいないあいだ、二人を支えていたのは、母が先に手渡しておいたお話でした。お話は、語った人がいなくなっても働き続ける。それは、翻訳された本が、書いた人の知らない国で読まれ続けるのと同じだと思いました。解讀
二周目は、冒頭で母が語るお話を手帳に書き出してから観て。その一行一行が、あとで物語の入口になって戻ってくる。
