勇者の一行が魔王を倒したあとから始まる物語。それが三本目の『葬送のフリーレン』だ。つまり余の同業者は、物語が動きだす前に、もう討たれておる。笑ってよいのか迷うところだが、余はそこで背筋が伸びた。これは勝った側の、長い長い帰り道の話であった。
一文字ずつ打ちこんで探した題名
余は、観た作品を一本残らず帳面につけている。清書はじいやの役目だ。見放題の沼に沈み、頁がずいぶん厚くなったころ、ふと思った。長く生きる者を描いた話はないものか、と。画面に出てくるおすすめの欄は信用せぬ。題名を指一本で、一文字ずつ打ちこんで探す。余の探し方は遅いが、探し当てたときの喜びは、そのぶん大きい。喜好
余は二百八十年を生きておる。……と言っても、誰も信じぬがな。それでも、長く生きる身には、この話は他人事ではなかった。帳面のこの作品の欄だけ、じいやの字がいつもより丁寧であったのは、余の気のせいであろうか。喜好
魔王を討った四人のその後
原作は山田鐘人とアベツカサの漫画。アニメはマッドハウスが制作し、第1期の監督は斎藤圭一郎が務めた。事實[1]
魔法使いのフリーレンは、勇者ヒンメル、戦士アイゼン、僧侶ハイターとともに、十年の旅の末に魔王を討つ。けれどフリーレンは長命のエルフで、その十年も、ほんのひとときにしか感じられない。四人は、五十年に一度降る流星をまた一緒に見ようと約束して、別れる。事實[3]
五十年後、老いたヒンメルたちと流星を見たのち、ヒンメルは世を去る。見送りの席で、フリーレンは、ヒンメルという人をろくに知らずにきたことを悔やむ。そこから、人間を知るための旅が始まる。旅には、ハイターに託された弟子のフェルン、アイゼンに鍛えられた若い戦士シュタルクが加わってゆく。事實[2]
討たれた側の椅子から
勇者たちが年を取り、別れてゆく。討たれた側の椅子に座る身としては、妙な心持ちである。勝った者にも帰り道があり、老いがあり、言いそびれたことが残る。戦記を観るとき、余はいつも補給と帰り道に目を向けるが、この物語は、まるごと帰り道で出来ている。剣を収めたあとの旅を、これほど丁寧に追う話を、余は好ましく思う。勝ちどきのあとに何が残るか。王なら、いや、長く生きた者なら、一度は考えずにはおれぬことだ。余の城の古い家臣たちも、気づけば皆、腰が曲がっておる。いつの間に、と思うのは、たいてい余のほうだけである。解讀
十年という物差し
人の十年と、長く生きる者の十年は、同じ長さではない。余の物差しで言えば、十年は一度まばたきをするあいだである。……これも、笑われる話である。だが、この物語は、その物差しの違いを、言葉で説明するより先に絵で見せてくる。共に旅した仲間が、再び会うときにはすっかり老いている。その落差に、余は思わず一時停止を押した。長く生きる者が冷たいのではない。時の流れ方が違うだけなのだ。その違いに、あとから気づいて歩きだす姿に、余は肩入れせずにおれぬ。解讀
思い出が遅れて届く
旅の途中には、かつての勇者一行の思い出が、たびたび差しはさまれる。事實[2]
余が好きなのはここである。いまの旅で何かに出会うと、昔の旅の一場面がふっと戻ってくる。そのとき初めて、あの勇者が何を思っていたのかが分かる。長く生きる者は、知るのがいつも遅い。だが、遅れてでも知りに行く。その歩き方が、余には眩しい。五十年ぶりの流星の場面で、余は目に湯気が入った。……泣いてはおらぬ。湯気だ。喜好
観ながら帳面に書きつけるのが余の流儀だが、この作品では書き方を変えた。誰が何を思い出したか、それだけを一行ずつ書く。後の回で昔の旅の回想がはさまると、それに近い前の一行に、余が勝手に印をつける。じいやは、印だらけの頁を清書するのに難儀しておった。余はその頁を、いちばん気に入っている。喜好
竜山殿。長く生きると、知るのが遅れる。そう思わぬか。
ほう。分かるのう。古い本を読み返すと、若いころ素通りした一行に、いまごろ足を止められる。喜好
うむ。若いころに聞き流した小言が、いまになって効いてくることがある。
気づくのが遅うても、気づかんよりずっとええ。まあ、茶でも飲みなされ。
大儀である。……かたじけない。
戦いを待ってしまう者へ
魔王を倒した者たちの話と聞けば、派手な戦を待つ者もおろう。余もはじめは、いつ戦が始まるのかと身構えておった。だが、これは戦の物語ではなく旅の物語だ、と腹を決めてから、道中の何気ない言葉や、景色の移ろいが急に味わい深くなった。余に合っていたのは、夜更けに灯りを落とし、一話ずつ帳面に一行残しながら観るやり方である。旅の合間の静かな場面が来ると、余は寝椅子の上で毛布を引き寄せる。話が大きく動かぬ回も、旅の一日として、そのまま受け取れるようになった。魔法の決まりごとが分からずとも困らぬ。旅の仲間の顔さえ覚えておけば、置いていかれることはない。喜好
急ぐ旅と急がぬ旅
『ダンジョン飯』では、仲間を取り戻すために、食いながら迷宮の奥へ急ぐ。こちらは、急がぬ旅で、仲間を後から知る。同じ冒険でも、時の向きが逆である。そして『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』には、大事な者を守りたいと強く願う若い騎士がいる。急ぐ者と、急がぬ者。余の6選は、その間を行ったり来たりしておるらしい。どちらの旅にも、余は自分の昔を少しずつ重ねてしまう。……いい話であった。今夜は、ここで帳面を閉じる。喜好
知るのが遅れても、知りに行く旅はできる。長く生きる者ほど、その旅が要る。