アニメの会話の場面で、口だけが動いて体は止まっている。そんな画面を見て、少し物足りなく感じたことはありませんか。今回はナギのその素朴な引っかかりから、レンが「動かさない」表現の考え方を、公的な資料と制作会社の説明をもとにたどります。
動く絵なのに、動かさないところがあるんですか? 向こうの世界の幻術は、全部が一度に動いてしまいます。
全部は動かさないという表現
会話の場面で、口だけパクパクしてるの、あるでしょ。あれってやっぱり、手を抜いてるの?
そう感じる気持ちはわかる。でも、動かす部分を選ぶこと自体が、ひとつの表現のやり方として名前を持ってるんだ。
「リミテッドアニメーション」は、部分的に動きを止めるといった誇張や制約をかけたアニメーションの表現。練馬区の公式サイト「練馬アニメーションサイト」の用語解説は、そう説明しています。対になる「フルアニメーション」は、本来の動きを省かずに描いて動かすもの。リミテッドのスタイルは、アメリカのUPAというアニメーションスタジオが1942年に本格的に取り入れ、それで確立していった、とあります。事實[1]
同じサイトの別の回では、日本のアニメーション業界での呼び方にも触れています。作画枚数が1秒あたり12枚(2コマに1枚)を下回るもの(3コマに1枚が主流)や、口パクのように限られた部分だけを動かすものを、リミテッドアニメと呼ぶことがあるそうです。事實[2]
口パクって、ちゃんと用語解説に出てくる言葉なんだ。
うん。動かすのは口だけ、と決めれば、そのぶんの絵を別の場面に回せる。「止める」も「動かす」も、どちらも選んだ結果なんだと思う。有依據的推測
魔力が足りない日は、魔法使いも口だけ動く幻術ですませることがあります。節約ですね?
近いけど、ここが違って。節約の話だけじゃないんだ。部分的に動きを止めるような表現そのものに、「リミテッドアニメーション」という名前がついているからね。事實[1]
なぜ「選ぶ」必要があるのか
東映アニメーションの企業サイトによると、TVシリーズの作画枚数は、1話につき平均すると3,000〜4,500枚。作品や話数次第で、それより多くなることもあるそうです。事實[3]
TVアニメの30分番組1話分で、アニメーターが描く絵はどれくらいになるのか。練馬アニメーションサイトに載ったアニメ・アーカイブ講座の記録では、段ボールに詰めて約5箱分だそうです。デジタル作画が進んだいまでも、2〜3箱分の紙が出る、と紹介されています。事實[4]
段ボール5箱……。それが一話ぶんなんだね。
そう。だから、どこを動かしてどこを止めるかは、作品全体の設計の問題になる。止めた画面は、枚数を節約しながら、見せたいものをはっきり見せる方法でもあると僕は思ってる。解讀
止まっている画面の居心地
でもね、言われてみると、私、止まってる画面が嫌いじゃないかも。登場人物がお茶を飲みながら話してる場面で、背景がずっと同じだと、なんだか落ち着くの。喜好
それは面白い見方だね。僕はつい「どこで枚数を浮かせたか」って仕組みのほうから見ちゃうけど、ナギは画面の居心地から見てる。
全部がずっと動いてたら、疲れた夜はちょっとしんどいもん。止まってるところで、私も一緒に休めるっていうか。解讀
……仕組みの話だと思ってたのに、休む場所の話になった。僕、こういうふうに話が変わるの、けっこう好きなんだ。
答えは言わないけど、次に会話の場面を観るとき、動いているのが口だけなのか、手や髪も動いているのか、それだけ見てみない?
動いているのが口だけか、手や髪もか。シオルも次に観るとき、数えてみます。
口だけが動く画面は「手抜き」と決めつける前に「動かす場所を選んだ」画面として見てみたい。止めた絵のぶんを別の場面に回せるし、見る人には落ち着ける時間にもなる。