スイが仕事の日の昼下がり、海辺のゲンの家の縁側にゃ。子どもたちは学校で、ゲンは海。シズカは洗濯物を畳む前に、古い文庫本の最初の数ページを読んでから、録っておいたアニメ映画を流しはじめたにゃ。テンは座布団の上で、ただの猫として付き合うことにしたにゃ。
活版所で働く少年
宮沢賢治さんの童話『銀河鉄道の夜』は、銀河を旅するお話にゃ。旅をするのはジョバンニと、友だちのカムパネルラ。何年も書き直されたけど、仕上がらないうちに賢治さんが亡くなって、原稿は草稿のまま遺ったにゃ。本になったのは1934年にゃ。事實[1]
原作の書き出しのジョバンニは、学校が終わると活版所で活字を拾うアルバイトをしているにゃ。帰りに買うのはパンと角砂糖。家で待っているのは病気のお母さんで、お父さんは北の方へ漁に出たまま、帰ってこないにゃ。その夜、ジョバンニは銀河のお祭りへ出かけていくにゃ。事實[1]
まあ。学校のあとに働いて、パンと角砂糖を買って帰るのね。……テンちゃん、この子、えらいわねえ。喜好
にゃ。
お父さんは、漁に出たまま。……うちもね、ゲンさんが遠洋の船に乗っていたころは、帰ってくる日を指で数えていたの。子どもたちには、内緒にしていたけれど。喜好
シズカの手が、タオルを畳む途中で止まったにゃ。テンは、そっと膝のそばまで寄ったにゃ。猫にできるのは、それくらいにゃ。
みんな猫の姿で
アニメ映画は1985年の7月13日に公開されたにゃ。監督は杉井ギサブローさん、原案はますむらひろしさん、脚本は別役実さん、音楽は細野晴臣さん。アニメーション制作はグループ・タックにゃ。事實[1]
登場人物を猫にしたのは、ますむらさんが漫画にしたときのアレンジにゃ。映画の猫たちが身につけているのは、上着だけにゃ。事實[1]
あら、テンちゃん。みんな猫なのね。ほら、あなたのお友だちよ。作品中的觀察
……にゃ。
上着だけの猫。テンは、ここで尻尾が勝手に動いたにゃ。ズボンをはかない猫は、しっぽが自由にゃ。服を着て歩く動物の世界は大好きだけど、毛並みがちゃんと見えるのは、もっと好きにゃ。叫びたくなったにゃ……! もちろん、声には出さないにゃ。喜好
しっぽがぱたぱた。画面の猫さんが気になるのね。
猫にするまでのいきさつ
清六さんは賢治さんの実の弟にゃ。ますむらさんの話だと、清六さんは最初、猫でかまわないと言っていたにゃ。ところが「賢治は猫が嫌いだ」という声まで研究者から届いて、一度はアニメ化をだめだと言ったにゃ。天沢退二郎さんたちに説得されて、最後は了承。仕上がった映画も認めてくれたそうにゃ。事實[1]
猫が嫌い説。テンは聞かなかったことにするにゃ。それでも、反対されたところから、もう一度説得してくれた人たちがいたにゃ。その人たちに、テンからしっぽを一振りにゃ。喜好
ますむらひろしさんは、山形県米沢市出身の漫画家にゃ。「アタゴオル」シリーズは、猫と人間が共に暮らす世界のお話にゃ。宮沢賢治の作品を漫画にしたときも登場人物を猫にして、2001年にイーハトーブ賞を受けているにゃ。事實[2]
映画には、原作にいない映画オリジナルの人物として「無線技師」が登場するにゃ。それから杉井監督の方針で、宗教の場面の描写は原作より減らされているにゃ。事實[1]
原作をそのまま写すんじゃなくて、猫にして、人を一人足して、減らすところは減らす。テンは、仕立て直した服みたいだと思ったにゃ。元の布の手ざわりは残して、着る人に合わせて形を変える。だから、原作を読んだ人も、もう一度出会いなおせる気がするにゃ。解讀
劇中の文字はエスペラント
映画に映る文字は、ぜんぶエスペラントで書かれているにゃ。題名にもエスペラントの表記があって、「Nokto de la Galaksia Fervojo」が書き添えてあるにゃ。事實[1]
画面の字がひとつも読めないの、なんだか外国の町に迷いこんだみたい。……昔、旅先で道に迷ったときのことを思い出すわね。テンちゃんは知らないでしょうけれど、そのとき港で道を教えてくれたのが、ゲンさんなのよ。喜好
にゃ。
ほんとは知ってるにゃ。ゲンが縁側で何度も話すにゃ。でも、シズカが話すと、同じ話がちょっとだけ甘くなるにゃ。喜好
本の最初に出てきた、パンと角砂糖。覚えておきましょう。……といっても私、観るたびに中身を忘れてしまうのだけれど。喜好
テンが覚えておくにゃ。猫に勧めるなら、上着だけの猫たちの毛並み。人に勧めるなら、原作の書き出しでジョバンニが買って帰るパンと角砂糖。そこを知ってから観れば、静かな映画でも眠くならないにゃ。……たぶんにゃ。喜好
あら、テンちゃん、もう眠いのね。洗濯物の上で寝てはいけませんよ。
1985年のアニメ映画『銀河鉄道の夜』で登場人物が猫なのは、ますむらひろしさんの漫画での脚色から。映画の猫たちは上着だけを着ているにゃ。