ジンのバンドのライブが終わった夜の楽屋。物販と転換を手伝ったソウマは、空になった段ボールを黙って畳んでいました。ベースのケースを閉じたレンが、ソウマのかばんからはみ出した付箋だらけのノートに気づきます。表紙には、四十年あまり前のアニメ映画の題名が書いてありました。
学園祭の前日から始まる
ソウマくん、それ、何のメモ?
……別に。授業で古い映画の構成を調べてるだけ。レンさん、こういうの好きでしょ。でも先の話は、なしで。
分かってる。僕は昔、それで友だちに止められたからね。今日は先を言わない練習をするよ。
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は、1984年2月11日に東宝系の劇場で封切られた長編アニメーション映画です。押井守さんが前作に続いて監督した、劇場版の2作目。押井さんはテレビアニメ『うる星やつら』(1981年版)でもチーフディレクターを務めていました。原作は高橋留美子さんですが、ストーリーは映画のために作られたオリジナルです。事實[1]
友引高校は、学園祭を翌日に控えています。生徒は校内に泊まり込んで準備を進め、あたるやラムのいる2年4組も大にぎわいです。そんな中、「学園祭の前日」が何度も何度も繰り返されている、と言い出す人が現れて、物語が動き出します。事實[1]
前日の泊まり込みって、裏方には本番より忙しい日なんだよ。俺はたいてい、段ボールを畳んでる側。解讀
ライブの前日も、たしかにそうだね。前の晩に手順を一枚にまとめておくと、当日の僕は少し楽になる。解讀
脚本が二転三転して
脚本は、3回続けて形になりませんでした。最初に頼んだ相手は原作者の高橋さんで、ストーリーは届いたものの脚本までは進まず。次の首藤剛志さんは、押井さんがシナリオを気に入らず、降板しています。3人目は、当時テレビシリーズで構成を受け持っていた伊藤和典さん。その案は、プロットの段階で、落合茂一プロデューサーが劇場版には合わないと判断して取りやめになりました。落合さんと押井さんが、そう振り返っています。事實[1]
最後に押井さんが出した原案は、落合さんによると、実際の映画とはまるで違う中身だったそうです。脚本が決まらないうちに製作の時間が尽きかけ、行き詰まったところで出てきた案でした。この原案を出したこと自体が、自分の企画を押し通すための時間稼ぎだったのでは、ともいわれています。事實[1]
三人分の案が消えて、四つ目の案は本番と別物。……裏方としては、胃が痛くなる話。進行表を握ってる側の顔が浮かぶ。解讀
時間稼ぎだった、というのは「いわれている」なんだね。僕はそこを断定しないでおきたい。仕組みとしては面白いけど、本人に聞かないと分からないことだから。有依據的推測
絵コンテから始まった映画
この映画には、脚本の準備稿がありません。制作が始まると、押井さんは自分の部屋で絵コンテを切り、制作の指示を出すことに没頭しました。作品は絵コンテから作られていったのです。上がってきたコンテを見た落合さんは、最初に聞いていた話とまるで違うことに驚いて直しを求めましたが、もう時間がありませんでした。映画は、そのまま完成しています。事實[1]
1991年発売のレーザーディスクにはインタビューが収められていて、押井さんは、この映画でいちばん気に入っている場面に、給湯室でラム、しのぶ、サクラが雑談する場面を挙げています。事實[1]
脚本がなくて、絵から始まる。言葉を書く人間からすると、ちょっと悔しい。でも、いちばん好きな場面が給湯室の雑談っていうのは、分かる気がする。大きな場面より、誰も覚えてない五分のほうが残ることがある。解讀
絵コンテが残っているなら、僕は一度見てみたい。中学のころ、録画した映画の場面の順番を紙に書き出していたから、コマが並んだ紙には弱いんだ。解讀
下友引と上友引
駅の名前の「下友引」「上友引」は、西武新宿線の下井草駅と上井草駅をもじったものです。町のモデルも同じ沿線で、押井さんが当時住んでいたあたりや、制作用に借りた一軒家の周りです。看板の下の広告にある「ラブナード」は、「サブナード」をひねった名前です。事實[1]
下友引。一文字替えるだけで、知ってる駅が知らない町になる。中学のころの俺がノートでやってたのと同じ手口。……今のも忘れて。喜好
ノートの話は、ソウマくんが話したくなったら聞くよ。僕は、駅名を見つけたら地図に印をつけたくなる。そういう子どもだったから。喜好
この映画では、絵よりも声と音が優先されました。アフレコの時点で、フィルムはほぼ完成済み。作画を完璧にすることより、声優や音響のスタッフにいい仕事をしてもらうほうを、押井さんは選んでいます。その力が作品をよくする、と信じていたからです。演出も、長い台詞が際立つように組まれています。星勝さんのBGMは、どれも尺が決まってから作曲されたものです。事實[1]
尺が決まってから曲を書く。演奏する側から見ると、うらやましい順番だよ。どこで終わるか分かってから、音を置けるから。解讀
長い台詞が強調されてる、っていうのも気になる。俺、二時間の映画は途中で止めちゃうけど、これは一時間半をちょっと過ぎるくらいだし、台詞が長いなら耳で追える。……たぶん、最後まで行ける。喜好
上映時間97分
原作者の言葉
2020年の対談で、原作者の高橋さんは押井さんとの不仲説を否定しています。それより前、2013年のインタビューでも、押井さんの作品として楽しんで観たと答えていました。高橋さんは別の対談で、この映画を「押井さんの『うる星やつら』」と呼んだこともあります。事實[1]
押井さん自身は、1983年の『うる星やつら オンリー・ユー』で劇場映画の監督としてデビューし、この映画のあとフリーになりました。事實[2]
同じ世界でも、書く人が変わると別の言葉になる。原作者がそれを、別の人の作品だって言い切れるのは、俺にはかっこよく聞こえた。自分の言葉が、自分の外で生きてるってことだから。解讀
じゃあ、僕からは次に見る場所を一つだけ。駅の看板。それだけ持って観て。喜好
……どうも。俺は、泊まり込みの教室の騒がしさが好き。裏方の音がするから。喜好
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は絵コンテから始まった映画で、脚本準備稿が存在しない。