新聞の隅の4コマ漫画を、ナギは朝ごはんの時間に読むのが好きです。「いちばん有名な新聞の4コマって、最初からあの新聞にあったのかな」。スイが開いたのは、長谷川町子美術館の公式サイトにある年譜でした。
新聞というのは、毎日届く紙の便りのことですか? そこに毎日、絵のお話がのるなんて。
福岡の新聞社で
年譜によると、長谷川町子は1944年3月に一家で福岡に疎開し、7月に西日本新聞社に入社して、編集局整理部の絵画係に配属されました。事實[1]
そして1946年4月22日、「サザエさん」が『夕刊フクニチ』で連載を始めます。同じ年の8月22日に載ったのは、サザエさんが社会科見学で東京へ出かけ、連載の終わりを知らせる漫画でした。事實[2]
始まって4か月で、一度終わってるんだ。ずっと続いてきたイメージしかなかった。
しかも終わり方が「東京へ社会科見学」。私はそこに、作者自身の引っ越しと、登場人物の旅が重なって見えた。解讀
横に綴じた最初の単行本
年譜の同じ年の項には、福岡の家を売って一家で再び上京したこと、8月31日から『夕刊北海タイムス』で「サザエさん」の連載が始まったこと、12月に姉妹社を設立したことが続きます。事實[3]
そして、単行本の『サザエさん』はB5判で横綴じでした。初版の発行日を1947年1月1日にしたのは縁起をかついだからだ、と書かれています。事實[4]
横綴じ! 4コマが横に並ぶ本だったのかな。それに、元日を発行日にするの、なんだかお正月のおせちみたいでかわいい。喜好
姉妹社という名前も、家族でつくった会社なんだろうと想像したくなる。ただ、名前の由来はこの年譜には書かれていないから、私の想像として置いておくね。有依據的推測
何度も戻ってくる連載
1947年1月3日には、『夕刊フクニチ』で「サザエさん」の連載が再開しています。このときの連載は5月8日までで、年譜にはその後も、同じ新聞での再開と中断が何度か記されています。事實[5]
上京したあとも、福岡の新聞で続きが読めたんだ。最初に読んでいた人たちのところへ、ちゃんと戻ってきてる感じがする。解讀
旅の吟遊詩人も、町を離れたあと、ときどき同じ酒場に戻ってきて歌います。そんな感じでしょうか?
近いけど、ここが違って。吟遊詩人は自分の足で戻るけど、この連載は、作者が東京へ移ったあとも、福岡の新聞の紙面に戻ってきた。私は、待っていた読者の側から考えたくなる。解讀
その後も年譜には、いくつもの新聞での連載開始や再開が並びます。1951年4月16日には『朝日新聞』朝刊での連載が始まり、1974年2月21日まで続きました。事實[6]
終わって、また始まって、場所を変えて続いていく。家族の物語らしい続き方だと、私は受け取った。家族も、離れて暮らしたり、また一緒になったりするから。解讀
朝の新聞に移ったのが1951年なんだ。朝ごはんの時間に読む4コマ、っていう私の習慣も、そこにつながってる気がする。喜好
80年の4コマ
長谷川町子美術館の展覧会案内は、4コマ漫画の「サザエさん」、つまり原作が新聞に初めて載ってから、今年で80年になると紹介しています。事實[7]
4コマは、起きて、転がって、落ちるまでが一瞬。その短さの中に、毎日の小さな気まずさや笑いがちゃんと入っている。私は、言わなかった一言が四つ目のコマの余白に残っている回が好き。喜好
四つ目のコマの余白に、言わなかった一言。シオルも、余白を読むのが少し上手になった気がします。
4コマ漫画『サザエさん』は1946年に福岡の『夕刊フクニチ』で始まり、最初の単行本は横綴じで、発行日は縁起をかついで元日にした。