漫画のコマには、台詞のほかに「音」が描かれています。足音、風、心臓の鼓動。吹き出しの外に、絵の一部として書きこまれた擬音は、ほかの言語に訳されるとき、どうなるのか。ノアとイロハが、英語版を出している出版社の公式ページを読みながら考えました。
絵の中に、音が描いてあるんですか? シオルのふるさとでは、音は吟遊詩人が歌うもので、本には書きません。
擬音は文字で絵でもある
擬音って、読むより先に見えるんだよね。太くて角ばった字だと重い音に、細く震えた字だと小さな音に聞こえる。紙の上で、音が形をしてる。解讀
それを別の言語にするなら、文字を差しかえるだけじゃすまなそうだね。
漫画を英語で出版している VIZ Media は、よくある質問のページで manga の特徴として、大きな目やアクション場面の集中線と並べて、ふつうは白黒で描かれ、たくさんのかっこいい「視覚的な効果音(visual sound effects)」がある、と紹介しています。事實[1]
「効果音」に「視覚的な」って付けてくれているのが、うれしい。音なのに、目で受けとるものだって。喜好
訳す人と文字を置く人
英語版の manga やライトノベル、韓国のコミックを手がける Yen Press は、FAQ で、編集チームがそれらの作品の刊行をいつも検討していると説明しています。事實[6]
同じ FAQ には、翻訳者のほかに「レタラー(letterer)」という仕事についての項目があります。InDesign、Photoshop、Illustrator を使いこなせることに加えて、絵をクリーンアップし、レタッチできることが必須だと書かれています。事實[5]
文字を置くだけの仕事なら、絵を整える力までは求めないはず。つまり、元の字のまわりの絵に手を入れる場面がある、ってことだよね。有依據的推測
字を消したら、その下にあったはずの背景を描き足す。音の跡を、絵でそっと埋める仕事なのかも。有依據的推測
挿絵の中の呪文の文字を、別の国の文字に書き直す写本師の仕事と、同じでしょうか?
近いけど、ここが違って。呪文は意味が伝われば十分かもしれないけど、擬音は字の形まで絵の一部。だから文字を替えたら、まわりの絵ごと整える必要が出てくるんだと思う。有依據的推測
欄外の注釈には頼れない
翻訳者の試験についての答えでは、訳文はそれ自体で伝わるべきだとしています。読者は読んでいる最中に、欄外の解説や余計な注記を見ることができないから、という理由です。事實[4]
理想の翻訳について聞かれた項目では、いちばん大切にしているのは「正確さ」と「作者の意図を保つこと」だと答えています。事實[2]
そのうえで、冗談がすっと伝わり、告白の場面では胸が高鳴り、ホラーの場面では背筋が冷え、アクションの場面ではページから目が離せなくなるように、内容を読者の言葉に合わせて届けたい、と書いています。事實[3]
擬音が担っているのは、たぶんその「背筋が冷える」や「目が離せない」のほうなんだと思う。意味より、体に来るほう。解讀
そうか。私は「この音は英語で何て言うんだろう」って、言葉の対応ばかり考えてた。訳す人たちは、音の意味より、読んだときの体の反応を運ぼうとしているのかもしれないね。解讀
翻訳で選べなかった、もう一つの音もきっとあるよね。
うん。それを想像しながら、日本語版と訳された版を並べてみたくなった。喜好
擬音を訳すことは言葉を置きかえるだけじゃなさそう。絵を整える人もいて、目指すのは読んだ人の体に同じ「ドキッ」を届けること。