日曜の昼、ハヤテの家の前。ガレージの前にしゃがんでカートのタイヤを磨いていると、隣の庭で花に水をやっていたタカシさんが、垣根ごしに声をかけてきました。「昨夜は遅くまで明かりがついていましたね」。ハヤテは少し考えてから、古い映画を観ていたんです、と答えました。
2019年のネオ東京
『AKIRA』です。タカシさんは、観たことありますか。
題名は存じています。……きちんと観たことは、ないかもしれません。
『AKIRA』は、大友克洋さんが自作の漫画を原作に監督した長編アニメーション映画で、公開は1988年7月16日です。大友さんにとっては初の長編映画でした。制作を担ったのは東京ムービー新社。映画づくりの時点で漫画はまだ雑誌連載の途中だったため、ストーリーは原作と違っています。事實[1]
原作の漫画は、1982年に講談社の『週刊ヤングマガジン』で連載が始まり、1990年まで続きました。事實[2]
作中の歴史では、1988年の7月16日に二つのことが起きています。第三次世界大戦が始まったこと。そして、「新型爆弾」が関東地方で炸裂したことです。舞台は、その31年後にあたる2019年、新しい首都のネオ東京です。金田は不良少年。山形、甲斐、鉄雄ら仲間とバイクを飛ばし、ライバルのチームとぶつかり合う毎日です。事實[1]
公開された日と、作中で爆弾が炸裂する日が、同じ日付なのですね。作品中的觀察
はい。僕も調べて驚きました。……それと、先に言っておきます。暴走は、僕は褒めません。それは、サーキットでやることです。喜好
ふふ。ハヤテくんらしいですね。
足を前に投げ出して乗る
通称「金田のバイク」に乗るときは、足を前へ投げ出します。またがるのではなく、四輪のフォーミュラカーのような姿勢です。車体は長く、低く構えています。レバーで操るクラッチやブレーキは、ハンドルについていません。右側のフットペダルがアクセル、左側がブレーキです。事實[2]
ここなんです。手じゃなくて、足でブレーキ。カートと同じなんです。……あ、つい。解讀
いえ、続けてください。足でブレーキをかけると、何が違うのですか。
手が、ハンドルだけに集中できます。カートは、右足で踏んで、左足で止める。体を低くして、足を前に出して乗る。だから僕には、あのバイクが、カートが二輪になったみたいに見えたんです。解讀
デザインの着想元は二つあります。一つは映画『イージー・ライダー』のチョッパーバイクで、取り入れたのはハンドルの形です。もう一つは映画『トロン』の「ライトサイクル」(デザインはシド・ミード)で、その楕円を描く形です。設定上の諸元は、乾燥重量が154kg、最高速度が243km/hとされています。劇中の説明によれば、コンピュータ制御のABS(アンチロックブレーキ)も備えています。事實[2]
243キロは、もちろんサーキットの数字です。でも僕が一番うれしかったのは、ABSが付いていることでした。ブレーキは、速く走るためにあるので。喜好
横に滑って止まる
「アキラ・スライド」と呼ばれる止まり方があります。映画の冒頭、金田がバイクを横に滑らせて急停止する場面です。この映画を代表する一場面で、この止まり方へのオマージュは、あちこちの作品に見られます。走るバイクのテールライトが光の尾を引く描き方も、のちのアニメに影響を残しています。メカはほとんどが大友さんのデザインです。バイクはいくつか森本晃司さんが手がけ、自動車は田中清美さんが受け持ちました。事實[1]
スライドのほうは、絵として観るものです。道でやるものじゃありません。……でも、止まり方が代表の場面になってる映画って、僕はそれだけで好きです。喜好
走り出しではなく、止まり方。いつもハヤテくんが言っていることですね。
『AKIRA』は、声を先に録音してから絵を合わせていく「プレスコ」の作り方をとっています。日本のアニメでは、あまり例のないやり方です。事實[1]
八つの会社で一本
東宝は、ただの配給会社で終わるつもりはありませんでした。お金も出す側に回れば、作品にかける気持ちが違ってくる。そう考えて、東宝のほうからスポンサーに加わりたいと申し出たのです。資金集めのために集まった製作委員会は、東京ムービー新社、東宝、講談社、バンダイ、博報堂、毎日放送、住友商事、レーザーディスク株式会社の8社でした。事實[1]
八つの会社が一つの旗の下に集まる。戦国の連合軍も、まとまるまでがいちばん難しかったものです。解讀
しかし、スポンサーになると意気込みが違う、というのはよく分かります。ハヤテくん、やはり私が。
ありがとうございます。でも、自分で走りたいので。
観るときは足もとを
初めて観る人には、金田がバイクに乗るところで、手じゃなくて足もとを見てほしいです。乗り方が分かると、あのバイクの形の理由が見えてきます。その先の話は、観て確かめてください。喜好
では今夜、私も観てみます。観終わったら、垣根ごしに感想を言いに来ますよ。喜好
はい。……タイヤ、あと一本磨きます。
『AKIRA』の金田のバイクは、足を前に伸ばして乗る姿勢。ハンドルにブレーキのレバーはなく、ブレーキは左側のフットペダル。