海の男ゲンが、川の釣り漫画の話をします。きっかけは、ハルの「最初の話って、どんな魚だったの?」という一言でした。
ゲンさんの6選に入ってる『釣りキチ三平』って、最初の話はどんな魚だったの?
よっしゃ、いい質問だ! 講談社のインタビューで、作者の矢口高雄さん本人が話してる。担当編集の人が、第一話も鮎釣りから始まりましたよねって振ったら、矢口さんの答えはこうだ。当時マガジンで新連載がスタートしたのは7月のはじめで、ちょうど鮎が解禁になるときだったって。事實[1]
同じページのプロフィールにも書いてあるぞ。連載が始まったのは「週刊少年マガジン」で、1973年7月だ。事實[1]
漫画の始まりと、川の季節の始まりが同じだったんだ。解讀
そういうことだ。漁師も、解禁の日ってのは特別なんだよ。前の晩から道具をそろえて、そわそわして眠れねぇ。読者も、その朝の川に一緒に立たされたんだと思うと、たまらねぇな。喜好
子どもに鮎は難しい?
面白いのはここからだ。当時は、子どもに鮎釣りは難しいんじゃないかって声があったらしい。でも矢口さんは、釣りに子どもも大人もベテランも関係あるかって言い張って始めた。そしたら鮎釣りの仕組みがあんまり面白くて、ファンの心を一気につかんだって話してる。事實[1]
鮎の釣りって、そんなに変わってるの?
「友釣り」ってやつだ。矢口さんいわく、鮎の縄張りの習性を使う釣り方で、エサは使わず、おとりの鮎を泳がせて掛ける。こんな釣りは日本だけで、世界のどこにもないとまで言ってる。事實[1]
エサじゃなくて、なわばりを守ろうとする気持ちで釣るんだ。解讀
そう。魚の気持ちを読む釣りなんだよ。俺は海の人間だから友釣りは見よう見まねだけど、最初に考えたやつはすげぇと思う。喜好
子どもには難しいって言われても、あえてそこから始めたんだね。解讀
そこがいいんだよ。子ども向けだからって、浅い川から始めない。いきなり本物の川に連れていく。うちの子らも、最初にでっかい魚がかかった日のことは絶対忘れねぇ。本物は、ちゃんと子どもに届くんだ。喜好
作者は銀行員だった
もうひとつ「へえ」をやるよ。矢口さんの公式サイトでは、地元の銀行に入ったあと、30歳で上京してプロデビューしたと紹介されてる。事實[2]
少年誌でのデビュー作『鮎』のことも、インタビューで話してる。銀行に勤めてたころ鮎釣りに夢中で、それをそっくりそのまま描いたんだってさ。事實[1]
デビューも鮎、代表作の第1話も鮎。
編集の人も「アユに始まりアユに終わる」って言ってたくらいだ。好きなもんを、とことん描いた人なんだな。解讀[1]
海の向こうのサンペイ
最後にもうひとつ。公式サイトによると、ヨーロッパではアニメシリーズが人気で、イタリアなんか「Sampei」が釣り人を指す言葉として通じるくらいだってさ。事實[2]
名前が、釣り人って意味の言葉になったんだ。冒険してるね、三平くん。解讀
いいじゃん、それ! 日本の川の鮎から始まった少年が、海を越えて向こうの釣り人の呼び名になる。帰ってくるまでが冒険だって俺はいつも言うけど、三平くんはまだ旅の途中かもしれねぇな。喜好
『釣りキチ三平』の第1話は鮎釣り。新連載が始まった7月のはじめは、ちょうど鮎の解禁のころだった。