「コミケって、最初からあんなに大きかったの?」とナギが聞きました。即答できなかったレンと一緒に、コミックマーケット準備会の公式サイトにある年表を、いちばん最初の行から読んでみます。
コミケ……? シオル、名前しか聞いたことがありません。どんな集まりなんですか?
はじまりは不満から
年表によると、1975年の夏、批評集団「迷宮 '75」が「コミックマーケット」という同人誌の即売会を立案し、企画を進めました。きっかけは、既製の「マンガ大会」に対する不満だったと書かれています。このときの中心スタッフは4名です。事實[1]
4人。クラスの班くらいの人数だね。
しかも出発点が「不満」なのが面白い。既にある場がしっくりこないから、自分たちで場をつくった。仕組みとしては、ここが全部の起点なんだと思う。解讀
自分たちで場をつくる……。ふるさとで、ギルドになじめなかった人たちが、自分たちの新しいギルドを立てるようなものですか?
半分くらい当たってる。ただギルドは仕事を受ける組合だけど、これは同人誌の即売会。自分たちで作った本を、自分たちの手で並べる場所なんだ。有依據的推測
第1回の会議室
第1回のコミックマーケットは12月21日、虎ノ門の日本消防会館の会議室で開かれました。サークル数は32、参加者数は推定700人と記録されています。事實[2]
32の机に、手で作った本が……? ふるさとでは本はとても高価なので、700人も集まったら、写本師ギルドがひっくり返ります。
第1回が開かれたのは1975年12月21日。準備会の取材案内のページも、そこから50年を迎えたと書いています。事實[6]
その日のイベントとして、赤字救済の宝くじや、簡易アニメの上映がおこなわれたことも年表に残っています。事實[7]
赤字救済の宝くじ……! 最初から、みんなでなんとかしようとしてる感じがする。解讀
第1回の概況によると、参加者のうち90%は女子中・高校生の少女マンガファンで、しばらくはその状態が続いたそうです。事實[3]
僕、ここは知らなかった。今のイメージだけで、最初の参加者も同じような顔ぶれだったと思いこんでた。
会議室に、好きな漫画の話をしたい中高生がぎゅっと集まってたんだね。想像すると、ちょっとかわいい。解讀
少しずつ形ができていく
翌1976年4月の第2回は、会場を板橋産業連合会館に移して開かれました。サークル数は39、参加者数は推定550人です。事實[8]
同じ会場での第3回には、懐かしい漫画の主題歌を歌う合唱大会も企画されましたが、会場側から苦情が出て、以後はとりやめになったそうです。事實[9]
みんなで歌っちゃったんだ。怒られたのも含めて、なんだか部活の思い出みたい。解讀
同じ年の12月の第4回では、ポスターが初めてお目見えし、コミケットとしては初めての入場制限もかかりました。準備会はここから新しい会場を探しはじめます。ガイドブック(カタログ)が出たのも、この回が最初です。事實[4]
ポスター、入場制限、カタログ。いまの形につながる部品が、同じ回にまとめて出てくるんだね。人が増えたから、案内の仕組みが必要になった。有依據的推測
仕組みって、誰かが困ったところから生まれるんだ。解讀
準備会の説明では、いまは東京国際展示場(東京ビッグサイト)の全ホールを使い、夏と冬の年2回開くのがふつうだそうです。事實[5]
会議室から、全ホールへ。でも私は、最初の会議室の話のほうが好きかも。喜好
わかる気がする。大きくなった理由を探すより、最初の4人が何に困っていたかを想像するほうが、この年表は面白いのかもしれない。解讀
最初の会議室に、シオルもこっそりまぎれこんでみたかったです。
1975年12月21日、会議室に32サークルが集まったのがコミックマーケットの第1回。参加者の9割を、女子中・高校生の少女マンガ好きが占めていた。