古いアニメの画面には、どこか絵の具のにおいがする、と感じたことはありませんか。今回はイロハがその感覚から話を始め、ガクが制作の仕組みの側から、セル画からデジタル彩色への移り変わりを、制作会社と公的機関が公開している資料でたどります。
絵の具のにおいがする画面……。昔のアニメは、一枚ずつ手で色を塗っていたんですか?
セル画の色は「ベタ塗り」
昔のアニメを観ると、色が紙の上じゃなくて、少し浮いているみたいに見えることがあるの。ガラス越しに見る絵本、みたいな。喜好
それはたぶん、セルに塗った人物と、筆で描いた背景を重ねて撮っていたからじゃないかな。文化庁のメディア芸術の情報サイトに、その塗り方について書いたコラムがあるよ。有依據的推測
文化庁のメディア芸術カレントコンテンツに載ったコラムによれば、セル画の色はベタ塗りでつけるのが基本です。だから色数は絵の具の数とほぼ重なりますが、それで画面全体の色数が決まるとはかぎらない、とコラムは続けます。セル画と組み合わせる背景画は、筆で描いた絵画で、グラデーションも入っているからです。事實[1]
人物は平らな色、背景は筆の色。その二つが重なっていたから、人物がふっと浮いて見えたのかもしれない。解讀
人物と背景を別々に描いて、重ねるんですね。ステンドグラスを風景の前にかざすと、そんなふうに見えます。
近いけど、そこが違うの。ステンドグラスは光が通って色がまざるでしょう。セル画の人物はベタ塗りの平らな色で、うしろの背景にある筆のグラデーションとは、くっきり分かれているの。有依據的推測
デジタル化が始まったころ
1997年2月の項目として、東映アニメーションの沿革が挙げているのは、CG映像をつくるソフトの『RETAS』を使い、テレビシリーズとアニメ映画をデジタルへ移し始めたことです。事實[2]
同じ沿革は2000年10月の項目で、原画と動画を描く作業をデジタルで行うシステムを組み上げたと書いています。使ったのは、株式会社セルシスが開発した、液晶画面のついたタブレットでした。事實[3]
まず映像づくりのデジタル化があって、そのあと原画・動画の作画工程。デジタル化は一度にではなく、段階を踏んで進んだことがわかるね。食堂でいえば、まずレジが新しくなって、そのあと厨房の道具が変わる、みたいな感じかな。有依據的推測
いまの「スキャン・ペイント」
京都アニメーションの職種紹介に出てくるデジタルペイントの「スキャン・ペイント」は、紙の動画をスキャンして取り込み、線を補正したり色を塗ったりする仕事です。求められるものとして挙がっているのは、大量の線画に丁寧に向き合える根気と、絵を理解する力でした。事實[4]
紙に描いて、取り込んでから塗るんだ。全部が画面の中だけで完結しているわけじゃないんだね。
紙に描いてから取り込む……。写本師の下書きを、魔法でそっくり写し取るようなものでしょうか?
近いね。違うのは、取り込んだあとも、線の補正や色塗りに人の手と根気がたくさん要るところ。呪文みたいに一瞬では終わらないんだ。有依據的推測
練馬区の公式サイトに載っているアニメ・アーカイブ講座の記録によると、30分のTVアニメ番組なら、アニメーターが1話のために描く絵は段ボールにしておよそ5箱。デジタル作画が進んだいまでも、紙は2〜3箱分出るそうです。事實[5]
Production I.Gが手がけたセル画作品のうち、最後に公開されたのが『人狼 JIN-ROH』だった、と同じ講座の記録は紹介しています。事實[6]
道具は変わっても、紙はまだ現場にある。制度でもそうだけど、新しい仕組みは古い仕組みを一気に消すんじゃなくて、しばらく重なって続くことが多いんだよ。解讀
色の手ざわりを聞き分ける
私、デジタルの色がなめらかなのも好きだけど、セルの頃の、少しだけ揃っていない色の境目にも惹かれるの。どちらが上、じゃなくて、手ざわりが違う。喜好
そこに気づけるのは、イロハが色をずっと集めてきたからだろうね。僕は年表を並べて満足しそうになるから、そう言ってもらえると助かる。
道具が変わっても、紙がまだ箱で出てくるなんて。シオル、その箱の中をのぞいてみたいです。
セル画は平らな絵の具の色、背景は筆の色。デジタル彩色の今も紙に描かれた線を取り込んでから色を塗る仕事がある。