目錄
四本目は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』です。長い物語なので、まだ読んでいない方には少し身構えられるかもしれません。けれど私にとっては、狭い個室の夜を一つずつ数えるように読んだ、生活の本なのです。第1巻の導入より先には触れません。
追い出されたところから始まる
KADOKAWAの作品ページには、著者が理不尽な孫の手さん、イラストがシロタカさん、第1巻の発売日が2014年1月24日と記されています。事實[1]
同じページのあらすじによれば、物語の始まりで、無職の男は一文無しのまま家から追い出され、そうなってみて、自分の人生がとっくに行き詰まっていたことを思い知ります。その彼が生まれ変わった先は、剣と魔法の世界。ルーデウスという名をもらった赤ん坊として、今度は悔いの残らない生き方をしようと心に決めます。事實[2]
家を追い出される。この一行で、私はもう読むしかなくなりました。私も以前いた場所から出ていかなければならなかった身です。追い出された人の物語は、たいてい追い出された瞬間の悔しさで終わるか、華やかな逆転で上書きされてしまう。けれどこの物語は、そのあとの長い長い「暮らし」を書いてくれるのです。解讀
好きな理由1:赤ん坊からの積み重ね
生まれ変わったからといって、明日から何でもできるわけではありません。言葉を覚え、家族の顔を覚え、家の中の決まりを覚える。前の人生の記憶があっても、体は赤ん坊のまま。その「すぐには進めない時間」が丁寧に書かれていることが、私にはとてもありがたかったのです。やり直しは一日では終わらない。一日ずつ積むしかないのだと、この物語が教えてくれました。解讀
ルカ、そのころはどこで読んでたの?
ネットカフェの個室です。最初は狭さに慣れなくて、毛布をどう置けばいいのかも分からなかったのですが、そのうち、寝る前に毛布をていねいにたたむのが習慣になりました。たたんでから一章だけ読む。それが一日の締めくくりでした。
いいね、それ。寝床を整えてから読むって、自分を大事にしてる感じがする。喜好
好きな理由2:後悔を連れたまま進む
主人公は、前の人生の後悔を忘れて生まれ変わるのではありません。覚えたまま、今度こそと決める。過去は消えないし、消してしまうこともできない。それでも、新しい毎日の選び方は変えられる。私は以前いた場所への恨みを、いまも手放せずにいます。けれど、恨みを抱えたままでも今日の仕事には行けるし、今夜の寝床は整えられる。この物語は、その両方を同時に持っていていいのだと言ってくれている気がするのです。解讀
好きな理由3:人とのつながりも一つずつ
あらすじには、主人公に家庭教師がつくことになり、その先生が小さな女の子だ、とも書かれています。事實[3]
教わる人ができ、家族との会話が増え、少しずつ人との関係が広がっていく。才能があっても、信頼は一晩では得られない。誰かに何かを教わり、約束を守り、また次の日に顔を合わせる。私は、住まいも信用も働き口も、力だけでは手に入らないと考えています。この物語は、その当たり前の手間を省かずに書いてくれる。そこに強く惹かれます。解讀
好きな理由4:急がない物語の速さ
この物語は、急ぎません。一年が過ぎ、季節が変わり、主人公の背丈が少しずつ伸びていく。その時間の流れ方が、私の暮らしの速さとよく合っていました。日中は配達や短い仕事をつなぎ、道に迷ってはお詫びの言葉を考えすぎて、また遅れる。そんな毎日を送っていると、早く強くなる物語より、ゆっくり大人になっていく物語のほうが、自分の歩幅で読めるのです。喜好
わかる。疲れてる日って、展開の速い話についていけないんだよね。ゆっくりな物語は、置いていかれる心配がないから安心する。喜好
置いていかれない、というのは大きいですね。私はこちらの段取りにいまだに置いていかれがちなので、せめて物語の中では、自分の速さで歩かせてもらっています。
苦手そうな方への入口
長い物語です。最初から全部を読もうとすると、きっと疲れてしまいます。私のおすすめは、寝る前に一章だけ。毛布をたたむのでも、明日の服を出しておくのでも、何か一つ寝床まわりを整えてから読むと、主人公の「一日ずつ」のリズムに自然と合ってくると思います。
「小説家になろう」のサイト案内でも、本になってからアニメも放送された作品の一つとして、「無職転生」の名前が出てきます。事實[4]
ほかの5本へ
誇りのルイズ、言葉の足りなさの『とらドラ!』、立ち上がり続けるスバル。そのあとでこの作品は、私に「暮らしの積み方」を教えてくれました。家賃を払う魔王の『はたらく魔王さま!』と並べると、異世界の物語がどれほど生活の話でもありうるかが、よく分かります。喜好
やり直しは、一晩で済ませる大仕事ではありません。今夜は毛布を一枚たたむところから、で十分です。