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二周目

『映像研には手を出すな!』二周目は手もとを見る

一周目は三人の空想に乗って、画面の中を一緒に飛び回っていた。二周目に目を移したのは、描き直しの多い机、ときどき変わるリュック、そして直したところと直さなかったところ。作りかけの時間こそが、僕にとってのこの作品の見せ場です。

本文含有直到結局的劇透

範圍TVアニメ『映像研には手を出すな!』全12話の結末まで(畳んだ部分のみ。見出しと地の文には展開を書きません。原作漫画の第4巻以降には触れません)

這是寫給看完作品、想在二周目看得更有趣的人的文章。中段展開與結局、真相的細節都折疊起來,點擊才會顯示。

適合這樣的人
全12話を観終えて、もう一度あの散らかった部室をのぞきたくなった人へ。二周目は物語より、三人の手もとと持ちものを追ってみませんか。
劇透範圍
會提及結局 TVアニメ『映像研には手を出すな!』全12話の結末まで(畳んだ部分のみ。見出しと地の文には展開を書きません。原作漫画の第4巻以降には触れません)
發言的人
Lucano × Kanon
主張的種類: 事實 作品中的觀察 有依據的推測 解讀 喜好
目錄 共 6 節·約 6 分鐘
  1. 一周目の僕は空想の中にいた
  2. 観直す前に知っておくと楽しいこと
  3. 変わるリュックを数える
  4. 第3話と第4話の机の上
  5. 第1話の即興の一枚
  6. 二周目の僕の見方

これは、TVアニメ『映像研には手を出すな!』を最後まで観た人のための、二周目の案内です。まだ観ていない人は、ここで閉じて第1話からどうぞ。三人の空想に初めて巻きこまれる楽しさは、一回目にしかないからね。展開に触れるところは、全部クリックしないと開かない箱に入れました。箱の外では、物語の行き先は書きません。

一周目の僕は空想の中にいた

一周目の僕は、浅草の空想が始まるたびに、画面の中へ飛びこんでいました。現実の部室がほどけて、鉛筆の線のような世界に変わる。あの瞬間がたまらなくて、話の筋より、次の空想を待っていた気がする。喜好

二周目は、空想から一歩さがって、三人の机の上を見ることにしました。誰が何を描き直したのか。どこで妥協して、どこで妥協しなかったのか。服を作る人間には、そっちのほうが物語に見えるんです。解讀

観直す前に知っておくと楽しいこと

テレビアニメの監督とシリーズ構成は湯浅政明さんで、アニメーション制作はサイエンスSARUです。全12話で、原作単行本でいえば第1巻から第3巻までにあたるお話を映像にしています。事實[1]

原作者の大童澄瞳さんの話では、浅草みどりは、引きこもっていたころの弱い自分がモデルなのだそうです。ぬいぐるみを吸う癖も、ご本人の実体験から来ている。水崎ツバメのほうも、はじめはクールで口数の少ない人物にするつもりだったといいます。事實[1]

これを知ってから観ると、浅草がうさぎのぬいぐるみに顔をうずめる場面が、ただのかわいい癖には見えなくなる。作り手が自分の弱いところを、いちばん前に立つ子に預けている。僕にはそう見えます。解讀

Kanon

ぬいぐるみ、私もライブの前に握ってます! 吸いはしないですけど。……いや、ちょっとだけ吸うかも。

Lucano

ははは、正直でよろしい。二周目は、浅草がどの場面でぬいぐるみに手を伸ばすか数えてごらん。こわい場面の数と、たぶん同じじゃないから。解讀

変わるリュックを数える

水崎は、三人のうちでただ一人、リュックをいくつも持っているようで、よく違うリュックを背負って出てきます。金森の愛用品は、大きなスニーカーが2足ぶん描かれたリュックです。事實[1]

一周目の僕は、恥ずかしながら気づかなかった。二周目は、水崎が登場するたびに背中を見てほしい。読者モデルとして人に見られる仕事をしている子が、持ちものを日によって変えている。一方で金森には、愛用の一つがある。僕には、そちらはずっと同じ背中に見えました。持ちものの選び方に、その人の暮らし方が出ています。解讀

第3話と第4話の机の上

公式サイトのあらすじによると、第3話の水崎は、作画での「演技」にこだわります。続く第4話では、水崎の作画が遅れていて、浅草がその遅れを取り戻そうと手を尽くします。風景しか映らないカットを差し込んだり、見せ場を何度も使い回したり。事實[2]

二周目は、この二話を「締め切りの前の夜」の話として観てください。手を抜かない人と、手を抜く場所を探す人。どちらが正しいのかではなく、二人がいて初めて一本が仕上がる。僕の店でも、一着の裏ではいつもこの言い合いが起きています。解讀

Kanon

ルカーノさんが私の衣装の型紙から、リボンを三つ消したときと同じだ! あのときは、よかろう、受けて立つ……じゃなくて、ちょっと泣きました。

Lucano

消したのは、残した一つを光らせるためだよ。浅草の繰り返しのカットも同じ。削るのは、見せたいものを決めた人にしかできないんだ。解讀

中段為止中盤の展開(第9話まで)點擊展開

ロボット研究部から頼まれて作ったアニメは文化祭で上映され、DVDの予約もたくさん入ります。ところが権利を持っているのは依頼主のロボ研で、映像研の手元に残った利益はほんのわずか。そこで金森が持ち出すのが、学校の外で開かれる即売会「コメットA」への参加です。

二周目に見てほしいのは、第6話から第8話で関わる人がどんどん増えていくところです。美術部、ロボ研、音響部の百目鬼。浅草は人が増えることに不安を感じ、美術部の背景の描き直しまで引き受けることになる。一周目は「にぎやかになってきた」と笑っていたけれど、二周目は浅草の顔色ばかり見ていました。作る喜びと、人と作るしんどさが、同じ回の中に並んでいます。

そして金森の「権利」の一件。一周目はただの金勘定に見えた。二周目は、作ったものを誰のものにするかという、作り手にとっていちばん大事な話に見えます。僕も独立する前、描いた服の名前が自分のものにならない仕事をたくさんしました。利益がごくわずかと知った金森の気持ちが、他人事に思えない。

第1話の即興の一枚

第1話では、浅草と水崎がその場で一緒に描きはじめ、即興の合作が生まれます。設定を描く人と、動きを描く人が、初めて手を合わせる場面です。事實[2]

二周目は、この場面を「型紙の最初の一枚」だと思って観てください。ここで二人がそれぞれ何にこだわったかを覚えておくと、あとの話数で起きることが、全部この一枚の延長に見えてきます。解讀

結局·真相結末(第12話)點擊展開

最終話で問題が持ち上がります。SNSを通じて頼んだ音楽が、映像にまるで合わないのです。水崎はデモ音源に合わせて大団円のダンスを描いていたから、曲が別物になれば、あの場面はもう成り立たない。浅草は、ダンスはやめにして、ラストそのものを作り直すと決めます。終わり方にはずっと引っかかりがあった、と話す浅草に、金森も水崎も納得します。

二周目にここまで来ると、第3話と第4話がまるで違って見えるんです。あのころの浅草は、遅れを埋めるために、カットを繰り返して「つぎはぎ」をしていた。最終話の浅草は、つぎはぎではなく、型紙ごと引き直す。音楽に合わせて動きを描いていた水崎のこだわりが、ここでは作り直しの理由になり、同時に作り直しを支える力にもなる。

服でもあるんです。仮縫いまで進んだドレスを、ほどいて最初から裁ち直す夜が。もったいない、と頭では思う。でも、着る人が歩いた瞬間に「違う」と分かってしまったら、もう戻れない。浅草の決断を観るたびに、僕はその夜の、はさみの重さを思い出します。……ま、だから服はおもしろいんだけどね。

二周目の僕の見方

一周目、この作品は「すごい空想を形にする話」でした。二周目は「形にする途中で、何を捨てて何を守ったかの話」になった。完成した一本より、捨てた案の山のほうに、三人の顔が見える気がします。解讀

Kanon

私、二周目は金森さんの目線で観てみます! 舞台も、裏で数字を見てくれる人がいないと始まらないので。喜好

Lucano

それはいい見方だ。三周目は、そのとき一番そばにいる仲間の目線でね。

二周目は第3話と第4話の机の上から。水崎がゆずらなかったところと、浅草が削ったところを、一つずつ数えてみて。

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