一本目は、アニメーション映画の『竜とそばかすの姫』。顔を見せずに話すことを、責めずに描いてくれた一本。公式のストーリーにある導入より先は書かない。
膝の上の猫と観た夜
観たのは配信で、夜中。仕事の通知を全部切って、部屋の明かりを落として、膝に猫。最初の仮想世界の場面で、音が一気に広がった瞬間に、猫が耳を立てた。こっちも同じ反応をしてたと思う。それから二時間ちょっと、一度もチャットを開かなかった。自分にしては、かなり珍しい。喜好
公式サイトでは、原作・脚本・監督は細田守さん、企画・制作はスタジオ地図。事實[1]
イントロダクションでは、この作品の舞台は、監督が以前『サマーウォーズ』で手がけたのと同じ、インターネットの世界だと紹介されている。事實[3]
公式のストーリーだと、主人公の内藤鈴(すず)は17歳の女子高校生で、暮らしているのは高知の田舎。小さいころに母を事故で失った。すずは母と歌うのが大好きだった。けれど母がいなくなってから、歌えなくなってしまった。そんな彼女が親友に誘われて入ったのが、全世界の50億人以上が集まる仮想世界<U>だった。自分の分身(As)に「ベル」と名前をつけると、その姿でなら、すずは自然に歌えた。事實[2]
好きな理由1:もう一人の自分を責めない
ネットの分身の話は、たいてい「本当の自分に戻れ」で終わりがち。この映画は、少なくとも出だしでは、そう言わない。現実で歌えない人が、分身としてなら歌える。それを、逃げとしてではなく、ひとつの声の出し方として描いている。そこが、すごくありがたかった。解讀
顔を出さずに話すほうが楽、という人は少なくないと思う。会議に猫のアイコンで出ている側としては、言える。顔がないから言えることは、ある。名前を出さない声が、いちばん遠くまで届くこともある。解讀
クロ、この映画の話のときだけ、句読点が多いね。気づいてた?
……ん。そこは、ていねいに書きたかった。
好きな理由2:二つの世界の画面
現実の場面と、仮想世界の場面で、絵の手ざわりがはっきり違う。川や山や駅のある田舎は、手で描いた線の温度がある。仮想世界は、奥行きが果てしなくて、光が粒になって飛んでいる。同じ人が、二つの世界で別の姿をしている。その切り替わりの瞬間が、何度観ても気持ちいい。作品中的觀察
イントロダクションでは、現実と仮想の2つの世界を、2つのアニメーションで描き分ける、という言い方をしている。事實[3]
CGキャラクターデザインを担当したのは、Jin Kimさん。スタッフの欄によると、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオで、たくさんのキャラクターをデザインしてきた人だ。事實[1]
好きな理由3:声が届く先
ストーリーの紹介には、ベルの前に「竜」と呼ばれる謎の存在が現れ、やがて世界中で竜の正体探し(アンベイル)が巻き起こる、と書かれている。<U>と現実の双方で誹謗中傷があふれる、とも。事實[2]
ここは、正直、観ていて胸が苦しくなった。顔を隠している誰かの正体を、みんなで暴こうとする空気。仕事柄、そういう「暴く」側の熱が、どれだけ人を追いつめるかはよく知っている。だからこそ、この映画が見ているのが「誰なのか」より「その声が誰に届くのか」のほうだと感じたとき、少し救われた。誰かを暴くための技術じゃなく、誰かに届くための声。守る側に立つ話として、自分は観ている。解讀
好きな理由4:田舎の夕方
仮想世界の場面ばかり話してきたけど、実は現実の場面のほうも好き。高知の田舎の、川や山や駅のある暮らしの場面。仮想世界の派手さとの落差があるから、現実の静けさが効いてくる。画面を閉じて、部屋の窓を開けたくなる映画は、あまりない。作品中的觀察
苦手そうな人への入口
歌の場面が多い映画なので、音のいい環境で観るのがおすすめ。イヤホンでも十分。ネットの怖い面も出てくるので、しんどいと感じたら、歌の場面だけを楽しみにして観てもいい。物語を全部受け止めようとしなくても、ベルが初めて歌う場面だけで、この映画に来た意味はあると思う。喜好
もうひとつ。観終わったあと、自分のアカウントのプロフィールを少し眺めてみるといい。アイコン、名前、ひとこと。そこにいるのも、たぶん「もうひとりの自分」。それを嫌いにならなくていい、と言ってもらえる二時間だと思う。解讀
ほかの5本とのつながり
『serial experiments lain』で、ネットの向こうにもう一人の自分がいるのかと怖くなった。この映画で、もう一人の自分でしか出せない声もあると知った。『サマーウォーズ』は仮想世界の大騒ぎに家族が手をつなぐ話で、同じ監督がもう一度ネットの世界に戻ってきたのがこの映画。『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』も歌う者の話、『マトリックス』も目の前の世界を疑う話。そして『夜は猫といっしょ』は、こういう映画を観たあとに、膝の上の猫と観る短い一話。全部、画面の向こうとこっちの話。喜好
顔を隠した声にも、届く先がある。正体を暴くより、その声が誰に届いたかを見ていたい。