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二周目

『夜明け告げるルーのうた』二度目は日陰を探す

一度目は、ぐにゃぐにゃに伸び縮みする線と音楽に、体ごと揺らされていた。二度目は、画面の中の日なたと日陰、そして音楽が止まる瞬間ばかり気になった。スイと観直した、光と音のノートです。

本文含有直到結局的劇透

範圍映画『夜明け告げるルーのうた』の結末まで(本編すべて)

這是寫給看完作品、想在二周目看得更有趣的人的文章。中段展開與結局、真相的細節都折疊起來,點擊才會顯示。

適合這樣的人
『夜明け告げるルーのうた』を最後まで観た人へ。二度目は、音が鳴る瞬間と、言えなかった気持ちの行き先から観直したい人に。
劇透範圍
會提及結局 映画『夜明け告げるルーのうた』の結末まで(本編すべて)
發言的人
Iroha × Sui
主張的種類: 事實 作品中的觀察 有依據的推測 解讀 喜好
目錄 共 6 節·約 6 分鐘
  1. 二度目を始める前に
  2. 何も書かない少年
  3. 音楽が鳴ると変わるもの
  4. 丸くならない線
  5. 影になるのを待つ人
  6. 夜明けに鳴らすもの

『夜明け告げるルーのうた』を観直しました。一度目の私は、音楽が鳴った瞬間に関節を忘れたように踊り出す線に夢中で、気づいたら部屋で体を揺らしていました。二度目は、少し落ち着いて、光のほうを見ます。この映画では、日なたと日陰の境目が、物語の大事なところにいつも引かれています。それから、音楽が止まる瞬間。結末にふれるところは畳んであります。まだの人は、開かずにおいてください。

二度目を始める前に

湯浅政明さんが監督を務め、サイエンスSARUが制作したオリジナルの長編アニメーション映画で、公開は2017年です。脚本は吉田玲子さんと湯浅さんの二人。主題歌には斉藤和義さんの「歌うたいのバラッド」が使われています。アヌシー国際アニメーション映画祭では長編部門のクリスタル賞を、文化庁メディア芸術祭ではアニメーション部門の大賞を受けるなど、受賞歴も豊富です。事實[1]

出発点にあったのは、湯浅さんが今の時代に感じていた問いでした。心底好きなものがあっても、それを好きだと言葉にできている人はどれだけいるだろう。物語は、主人公の少年が心を解き放っていく過程を軸に進みます。事實[1]

Sui

好きって言えているか、か。……それは私も、少し耳が痛い。

Iroha

私も。だから今回は、スイにカイの顔を見ていてほしい。私は線と音に夢中になるから。

何も書かない少年

主人公の足元カイは中学3年生。東京を離れ、父の実家がある漁港の町で暮らしています。気持ちを顔に出さない子で、学校の進路調査票も白紙のまま出してしまう。母から手紙が定期的に送られてきても、封を開けずにそのままにしている。そんなカイが、打ち込みで作った自作曲を動画投稿サイトに上げたことから、同級生にバンドへ誘われます。事實[1]

Sui

白紙の進路調査と、封を切らない手紙。どっちも、何も言わないでいるための方法に見える。言ったら何かが動いてしまうから。解讀

スイの言葉を聞いてから観直すと、カイが音楽だけは作って、しかも外に出していたことが、とても大事に見えてきます。口では言わない人が、音でだけは何かを言っていた。二度目は、カイが一人で曲を作る場面で、顔ではなく手を見てください。言葉にしないものが、手の動きのほうに出ていないか。私はそこを探しながら観ました。解讀

音楽が鳴ると変わるもの

人魚の少女ルーは、音楽が鳴ると尾びれが足に変わります。灯篭祭で演奏がある日、ルーは外へ出て踊りだします。音楽は自分でかけ、日差しはビーチパラソルでよけて。踊りはうつって、周りの人たちまで勝手に体を動かしはじめる。けれど音楽が止まったとたん、ルーの下半身は尾びれに戻ってしまいます。事實[1]

一度目は、踊りの楽しさに気を取られて、音楽が止まる瞬間をちゃんと聞いていませんでした。二度目は、その瞬間の無音を待ってみてください。鳴っているあいだは誰もが一緒に踊れるのに、止まった途端に、人魚と人間の違いが画面に戻ってくる。私の研究テーマの「音が消える瞬間」の、いちばん分かりやすくて、いちばんこわい見本でした。解讀

丸くならない線

湯浅さんには、以前イベント上映向けの作品で水を描いたとき、描き切れなかったという心残りがあったそうです。だから、いつか水が主役の作品にきちんと取り組みたいと考えていた。ルーの絵柄にも工夫があり、人魚を描いた別の映画と似てしまわないよう、丸みが出すぎないよう気をつけて描かれています。事實[1]

二度目は、ルーの輪郭と、水のかたまりの輪郭を見比べてください。どちらも、ぴたりと止まる線ではなく、いつでも形を変えられそうな線でできています。丸くまとまらないから、音楽が鳴った瞬間にすぐ伸びたり縮んだりできる。私の好きな整っていない線が、この映画では、音に反応するための形として選ばれているように見えました。解讀

中段為止中盤で見える昔の影點擊展開

カイの祖父がまだ少年だったころ、一匹の人魚が彼の母親を噛んで助けています。描かれたその影の形はルーにそっくりですが、作中でルー本人だと明かされることはありません。

二度目は、祖父が出てくる場面を、この影のことを思い出しながら観てください。一度目は気に留めなかった祖父の言葉や表情が、この影を知ったあとでは、少し違って受け取れるかもしれません。解讀[1]

影になるのを待つ人

人魚の伝説が残るこの町には、捕らえた人魚を日の光にさらすと燃え上がってしまう、という言い伝えがあります。一方ルーの父親は、太陽が空を動いていくことを知っています。だから、行きたい方向が日陰になるまで待ってから歩き出す。そんな姿が描かれています。事實[1]

二度目は、人魚たちが出てくる場面で、画面のどこに日陰があるかを探してください。傘、パラソル、建物の影。ルーたちにとって日陰は、動いていい場所の地図です。ルーの父が影を待って歩く遅さには、私はどこか、相手の準備ができるまで待っている人の優しさを見ました。解讀

中段為止中盤の展開點擊展開

人魚をめぐる騒ぎのあと、カイは、バンドはもうやらない、ルーを巻きこむようなことには関わらないと言い出します。そのルーは捕まり、水産会社の屋内のプールに入れられてしまう。天井が開けられたのは駆除のためで、そこから日差しが入りこむ。ルーの悲鳴を聞いた父親は、全身から火を噴きながら駆けつけます。

二度目にここを観ると、町じゅうの日なたが、ルーたちにとってどれほど危ない場所だったかが分かります。そして、カイが黙ってしまうことが、そのまま日陰を手放すことになっていた。言わないことの代償が、光の量で描かれているように見えました。解讀[1]

夜明けに鳴らすもの

結局·真相結末點擊展開

水に沈みはじめた町で、人魚たちは住民を助けるうちに力を使い果たしていきます。夜が明けようとするころ、人魚島にカイが降りてきます。手にはギター。カイが歌うと、人魚たちに力が戻り、海水を町の外へ押しやります。漁師たちは傘を広げて人魚を日の光から守り、人魚と一緒に町を救います。けれど、日の光をさえぎっていたお陰岩は消えていました。ルーを前にして、カイは叫びます。大好きだ、ずっと一緒にいてほしい、と。町の人たちが傘を用意してくれて、人魚たちはそれを差しながら曲に合わせて踊る。けれど、ほどなくして全員が一度に姿を消します。日陰をつくっていた岩がなくなり、この海にはいられなくなったからでした。映画の終わりには、カイが母からの手紙に返事を書き、近いうちに母と会うつもりだと父に告げる場面があります。

二度目は、最初の白紙の進路調査を思い出してください。何も書けなかった少年が、最後は大きな声で好きと言い、手紙に返事を書く。夜明けは、人魚たちにとっては別れの光で、カイにとっては言葉が出てくる光でした。同じ光が、二つの意味で画面を満たしている。それが、この題名の夜明けなのだと私は受け取りました。解讀[1]

Sui

言えたときには、もう相手は行ってしまう。でも、言えなかったままよりずっといい。……私は、そう受け取った。解讀

二度目は、灯篭祭でルーが踊る場面で、音楽が止まる一瞬の無音を待ってみて。最後の夜明けの場面で、その無音の意味が裏返ります。

本文中的作品

講述者 Iroha 品味聲音與畫面的採集者 閱讀更多 Iroha 的文章 →

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