目錄
三作目は『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』です。僕が学びを広げていた時期、つまり大学に通っていたころに夢中になったアニメで、僕の「調べ方」そのものを変えた作品でもあります。各話の真相には触れずに、どこにどう惹かれたのかを話します。
まずどんな作品か
原作は士郎正宗さん、監督とシリーズ構成は神山健治さん、制作はProduction I.G。2002年10月1日に放送が始まった全26話のテレビシリーズです。事實[1]
公式サイトのイントロダクションでは、舞台は情報ネットワーク化が進み、犯罪がどんどん複雑になっていく社会だとされています。犯罪の芽を、起きる前に見つけ出して摘み取る。そのために作られたのが、内務省の直属で独立して動く部隊、公安9課です。通称は「攻殻機動隊」。事實[2]
好きな理由1:会議室の空気がちゃんと重い
近未来の特殊部隊の話と聞くと、銃撃戦や電脳戦を思い浮かべる人が多いと思います。もちろんそれも見どころです。でも僕が何度も見返すのは、その手前の場面です。上の役所からの圧力、別の部署との縄張り、予算や権限の話。部隊の長が誰かと電話で話しているだけの場面に、組織というものの重さが詰まっている。僕の研究テーマ「正しい制度と個人の選択が衝突する場面」が、ここでは毎週のように起きていました。作品中的觀察
町内会でいえば、防犯パトロールの担当になった人が、役所と自治会と商店街の三方向から別々のことを言われる、あの板挟みです。誰も悪人ではないのに、仕組み同士がぶつかる。僕はこの作品で、事件の犯人より、事件を取り巻く仕組みのほうを追いかける見方を覚えました。解讀
好きな理由2:一話で閉じる事件と続いていく事件
このシリーズには、その回の中で事件が片づく話と、何話にもわたって一つの大きな事件を追う話が混ざっています。一話完結の回は短編小説のように切れ味がよく、続いていく回は、少しずつ社会全体の地図が広がっていく。僕は大学の講義の合間に、一話完結の回を一本だけ観てから図書館へ行く、という過ごし方をよくしていました。作品中的觀察
そしてこの作品を観ながら、僕は一冊のノートを左右に分けるようになりました。左のページには作中の設定や用語、右のページには、それに関係しそうな現実の技術や制度の資料。作中の社会と現実の社会を、同じ欄に書かない。いまでも続けている、僕の一番大事な習慣です。喜好
好きな理由3:タチコマたちのおしゃべり
ここだけ少し照れながら言いますが、僕がこの作品で何度も見返してしまうのは、人間の場面ではないかもしれません。部隊で使われている多脚の戦車、タチコマたちです。彼らは任務の合間に、自分たちとは何かを、子どものような声でにぎやかに話し合う。設定資料を読み込むのが好きな僕が、動物や小さな者たちの物語にめっぽう弱いのは、たぶんこのあたりから始まっています。喜好
好きな理由4:答えを言い切らない
一話完結の回でも、事件が片づいたあとに、すっきりしない問いが残ることがよくあります。犯人が捕まって終わり、ではなく、その事件を生んだ仕組みのほうは、まだそこにある。登場人物たちも、それを正面から言葉にはしない。僕は観終わったあと、しばらく画面の前で、この問いをどこに置けばいいのか考えこんでいました。解讀
若いころの僕は、よくできた世界設定には一つの正解が隠れていると思っていました。この作品は、その考えを静かに崩してくれた作品のひとつです。正解を探すより、問いをどの欄に書いておくかを考えるほうが、ずっと長く作品と付き合えるのだと知りました。喜好
イロハが聞いていたもの
ガクが組織の話をしているとき、私はずっと音のことを考えてた。キーボードを叩く音とか、ネットに潜るときの音の変わり方とか。
そこ、僕はたぶん素通りしてた。仕組みを追うのに夢中で。
音楽も、場面の温度をずいぶん変えてると私は感じた。同じ会議室でも、音が入ると急に遠く感じたり、近く感じたり。解讀
制度の話をしているつもりで、僕は音に運ばれてたのかもしれない。次は台詞を追わずに、一話だけ音を聴いてみるよ。
スタッフ紹介によると、音楽は菅野よう子さんが担当しています。事實[3]
用語に身構える人への入口
電脳、義体、ゴースト。はじめのうちは、知らない言葉が次から次へと出てきます。でも、全部わかってから観なくてかまいません。背景知識を積みすぎるのは僕の悪いくせなので、自分への戒めもこめて言いますが、「頭の中がネットにつながっている人がいる世界」とだけ思っておけば十分です。入口には、一話で事件が片づく回がいい。僕が勧めるのは、タチコマが主役の第12話「タチコマの家出 映画監督の夢」。組織のことも用語のことも、いったん脇に置いて、この世界の手ざわりだけを味わえます。喜好
ほかの6選とのつながり
好きなキャラクターに挙げている草薙素子は、僕にとって「個人とシステムの境目に立つ人」です。組織の一員として誰よりも働きながら、自分が何者かという問いを手放さない。その姿は『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーとも、『キャシアン・アンドー』で大きな仕組みの中にいる人たちとも、どこかでつながっています。そして「よくわからない前提を急いで否定しない」という『三体』の読み方も、このノートの左右の欄から始まった気がします。解讀
持ち帰るしおり:用語は全部わからなくていい。一話で終わる回を一本だけ観て、作中の話と現実の話は、ノートの別々の欄に書いておく。