ガクは紙の地図を膝に広げ、今朝から歩いた道に鉛筆で線を引いていた。土方歳三の生まれた村のあたりを一日で回る、と決めたのはガクだ。タカシは作業着のまま、ゲンは大きな保冷バッグを提げてついてきた。土手に三人並んで座ると、ゲンが握り飯を一つずつ配った。
よし、腹ごしらえだ。で、ガク。朝から土方、土方って言ってるけど、そいつは結局どういうやつなんだ。
怖ぇほうか。
それが、俳句を詠む人だったんです。「豊玉」っていう名前で。京都へ出ていく直前に、自分の句をまとめた句集まで作ってる。[3]
それから、こんな話も伝わっています。京都にいたころ、女性たちからもらった恋文をまとめて、故郷の親戚に送って自慢したそうです。資料館の解説によると、もてていると手紙で書いたのを法螺だと思われたくなかったのでは、とも。[6]
はっはっは! 証拠まで送るなよ!
ここからは僕の読みですけど、言ったことに証拠を添えないと気がすまない人なんだと思います。句集も恋文も、あとで決まりを書く手も、同じ手です。
子どものころは、風呂から上がると、家の大黒柱を相手に相撲を取ってたそうです。それと、武人になって名を上げるんだって、自分で竹を植えた。その竹が、いまも残ってるんですよ。[3]
柱で相撲か! うちの坊主どもは冷蔵庫に体当たりしてたぞ。……でも竹はいいな。植えたら毎日見るだろ。毎日、自分に言い聞かせられる。
タカシが握り飯を半分残したまま、川のほうを見て小さくうなずいた。
若いころは、家に伝わる「石田散薬」っていう薬を売り歩きながら、あちこちの道場で剣を磨いた、と言われてます。[1]
行商、ですか。私はそこに目が行きます。知らない家の戸を叩いて、薬を置いてもらう。断られても、次の家へ行く。のちに荒っぽい隊をまとめる力の、最初の稽古だったのではないでしょうか。
ガクが地図を裏返し、白い余白に縦の線を一本引いた。タカシが身を乗り出した。
ここからが、僕の好きなところです。将軍が京都へ上るときの警護に、浪人を集める募集があった。浪士組です。近藤たち道場の仲間は、それに応じて京都へ行く。[1]
1863年。警護する将軍は14代の徳川家茂
そのまま京都に残った組が、町の治安を守る新選組になって、土方は副長。局長の近藤の右腕です。[1]
農家の末っ子が、侍の組の二番目か。
新選組は、侍の家の生まれじゃない人も入れた組なんです。農家や商家の出の人も、隊士になれた。[4]
生まれで並ばない組織は、決まりが背骨になります。局長が顔で、副長が隊を回す。私は、実際に隊を動かしていたのは副長のほうだったと読んでいます。上に立つ人が慕われ続けるために、嫌われる仕事を引き受ける人がいる。
その「嫌われる仕事」の中身が、隊の決まりなんです。士道に背くな、隊を抜けるな、勝手にお金の工面をするな、勝手に訴えごとに関わるな、私闘をするな。破れば切腹。有名なのは、この五つです。[4]
五つしかない、というのが怖いところですね。細かく書かないほど、決める人の裁量が大きくなる。
そうなんです。「士道に背くな」の一行だと、何が背いたかを決めるのは上の人になる。条文が短い決まりほど、運用で姿が変わるんです。それこそ千年前の法典の書き方から比べると――
古い戦記の軍律にも、同じ書き方がありますね。私が学生のころに夢中で読んだ本では――
二人の話は、千年前の法典と、誰も名前を聞いたことのない古い戦記の軍律のあいだを、行ったり来たりしはじめた。どちらも楽しそうだった。ゲンは握り飯を持ったまま、いつのまにか目を閉じていた。
……はっ。悪い、寝てた。分からん! ガク、もうちょい短く頼む!
……すみません、地図の外まで行ってました。では、短くします。決まりを五行で書いて、その五行で誰より自分を縛った人、だと僕は読んでます。
船で言うと、船長が「海をなめるな」って一枚だけ貼り紙して、自分がいちばん早く甲板に出てる、みたいなもんか。
……おっしゃる通りです。私まで一緒になって、ずいぶん奥まで行きました。失礼しました。
川面を渡る風が、少し冷たくなった。ゲンは保冷バッグから水筒を出して、三つの紙コップに麦茶を注いだ。
そこから、時代が大きく動きます。新政府の軍との戦になって、鳥羽・伏見、甲州の勝沼と負けが続く。立て直そうとした流山で、近藤は新政府の軍に投降することになる。[1]
1868年の春ごろまでのこと
土方は江戸へ走って、勝海舟に、近藤の命を助けてほしいと頼みに行きます。でも、かなわなかった。[1]
……相棒を助けに、走ったんだな。
局長がいなくなっても、副長は止まりません。宇都宮の戦いで足をけがして、会津で傷を治し、仙台で榎本武揚の艦隊と合流して、北の蝦夷地へ渡ります。[2]
顔だった人がいなくなると、残った人が顔にならざるをえない。私はそう読んでいます。
僕がいちばん熱くなるのは、ここなんです。蝦夷地では、上に立つ人を選挙で決めた。総裁は榎本。土方は陸軍奉行並、陸軍の二番手に就く。多摩の農家の末っ子が、選挙で幹部を決めた政府の、陸軍のナンバー2になったんですよ。[1]
選挙! 侍が札を入れたのか。そりゃ港の寄り合いより大ごとだ。
上を選ぶ仕組みの政府で、陸軍の二番手を任された。これは重いですね。命じられた持ち場なら、命じた人のせいにもできますが、任された持ち場は、自分で背負うしかありません。
その少し前、そばにいた若い隊士に、自分の写真と髪を託して、日野の家族のところへ届けてくれと頼んだ、と伝わっています。[1]
ゲンは鼻をすすり、首の手ぬぐいで顔をごしごし拭いて、しばらく川の流れを見ていた。
……おう。自分は帰れねぇって分かってて、写真と髪だけは家に帰したんだな。
……で、その鬼の副長が、なんでアニメにあんなに出てくるんだ。
『週刊文春』で1962年から1964年に連載
冷たくて、切れ者で、どこか一人ぼっちに見える。いま僕らが思い浮かべる土方の顔は、この小説の影響がすごく大きいと僕は思ってます。
『銀魂』の土方十四郎もそうでしょうか。真選組の副長で、「鬼の副長」と呼ばれて恐れられている。厳しい規則で隊を締めているところまで、よく似ています。[8]
真選組そのものが、新選組をもとにしてますからね。土方十四郎のもとも、土方歳三です。[8]
おう、読んだ読んだ! 何にでもマヨネーズを山ほどかけるやつだろ。船の上で回し読みしたぞ。[8]
漫画の鬼の副長はマヨネーズで、本物は俳句か。どっちも、怖いだけのやつじゃねぇってことだな。
僕はそう読んでます。怖い顔の人ほど、ポケットに一つ、柔らかいものを入れてる。食堂でいうと、いちばん怒鳴る料理長が、まかないだけは誰より丁寧に作ってたりするんです。
私は、近藤さんを助けに江戸へ走ったところが残りました。組のために鬼の役を引き受けた人が、最後は一人の友人のために走っている。……私も、会社のために走って、走る先を取り違えた夜が、いくつもありましたから。
タカシ。いまからでも、走る先は選べるだろ。
……ええ。帰りの電車で、一本だけ連絡を入れてみます。
僕は、竹のほうです。名を上げるんだって子どもが植えた竹が、本人よりずっと長く、ここに立ってる。
決まりだ。じゃあ帰りに、もう一回その竹の前を通るぞ。……の前に、腹減ったな。駅の前で、なんか食ってくか。