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日常

スタンドからセッターだけを見る

劇透範圍 無劇透 どの作品も、紹介文で分かる範囲まで。物語の展開と結末には触れません

バレーボールの試合を、生で観るのは初めてだというエマ。誘ったレイは、席に着くなり「ボールじゃなくてセッターを見て」と言う。週末の昼のアリーナで、高校バレーの漫画と、スケートボードのアニメの話が、試合の歓声に混ざっていく。

適合這樣的人
スポーツ漫画から入って、本物の試合を一度観てみたい人へ。点が入る瞬間より、その前の誰かの動きが気になってしまう人にも。
發言的人
Rei × Emma
運動 アリーナの二階スタンド 週末の昼、試合開始の二十分前

コートでは、両チームの選手が順番にスパイクを打ち込んでいた。床に跳ねたボールの音が、天井まで上がって返ってくる。二階スタンドの通路側の席で、エマはカメラのストラップを首にかけ直し、身を乗り出した。

Emma

Nice! 音、すごいじゃん。テレビだとこんなに響かないよね。

Rei

今日は来てくれて、ありがとうございます。……あ、ごめん、外の言い方になってた。来てくれてありがと。

Emma

あはは、レイ、まだ切り替わってない。会社モード?

Rei

入口でチケット見せたときに、丁寧のスイッチが入った。もう大丈夫。でね、最初にひとつだけ。試合が始まったら、ボールじゃなくて、セッターを見て。

Emma

セッター? 教えて? どの人?

Rei

二本目に触る人。サーブを受けた人が上げたボールを、打つ人に渡す係。たぶん今、ネットの近くで、一人だけ打たずにボールを上げ続けてる人がいるでしょ。あの人。

エマはカメラを構えるふりをして、その選手に目を合わせた。スパイクを打つ選手たちの列に、黙ってボールを上げ続けている。上げたボールは毎回、同じ高さで止まって見えた。

Emma

……ほんとだ。毎回、同じとこに置いてる。

Rei

でしょ。私がバレーを観るようになったのは、漫画のせいなんだ。『ハイキュー!!』。

『ハイキュー!!』は、古舘春一が高校バレーボールを題材に描いた漫画だ。読切版を経て連載に移り、掲載誌は『週刊少年ジャンプ』(集英社)、期間は2012年から2020年まで。[1]

Rei

待って、ここからが大事。あの漫画、一人で点を取る話じゃないの。上げる人と打つ人がいて、その二人のあいだにボールが一個あって、それが毎回ちょっとずつ違う。呼吸が合わなかった日のボールと、合った日のボールが、ちゃんと違う形で描いてあるの。ここから私の解釈なんだけど、あれは、言葉を使わない会話の漫画だと思ってる。

Emma

言葉を使わない会話。……それ、なんか分かる。

Rei

……今の、長かった?

Emma

ぜんぜん。試合前にちょうどいい長さ。

運動 同じ席 第一セット

試合が始まると、エマはすぐにレイの言った意味が分かった。サーブが打たれ、一人が受け、ボールが上がる。セッターはボールの下に入ったまま、最後の一瞬まで、どちらに上げるかを体で見せない。右の選手が跳び、左の選手も跳ぶ。ボールは、その真ん中から、誰も跳んでいないように見えたところへ上がった。

Emma

え、今のずるくない? 全員だまされたじゃん!

Rei

ずるくない。あれが仕事。相手のブロックの目を、一瞬だけ別の人に向けさせる。跳んだのにボールが来なかった人も、ちゃんと仕事してる。囮って言うの。

Emma

ボールが来ないのに、全力で跳ぶんだ。……かっこいいね、それ。

点が入るたびに、スタンドのあちこちで、手に持った応援の道具が打ち鳴らされる。エマはそのたびに一拍遅れて手を叩き、そのうちに、レイと同じタイミングで叩けるようになった。

運動 同じ席 第二セットと第三セットのあいだ
Emma

ねえレイ、教えて? さっきから一人だけ、違う色のユニフォームの人がいる。あの人、なんで?

Rei

リベロ。守備の専門の人。スパイクは打たないし、前に出て跳ぶこともしない。そのかわり、強いサーブとスパイクを、ずっと拾い続ける。色が違うのは、審判にも相手にも、あの人がリベロだってすぐ分かるように。

Emma

一人だけ違う色で、みんなの真ん中で、ずっと拾ってるんだ。

エマはカメラを下ろして、しばらくその選手だけを見ていた。サーブが来るたびに低く構え、腕の面でボールを殺して、セッターの頭の上へ返す。返したあとは、誰にも見られないまま、もう次の場所へ動いている。

Emma

……私、ああいう人、好きかも。違う色なのに、ちゃんとチームの一部っていうか。転校したての日の教室って、だいたい私一人が違う色だったから。

Rei

エマ。

Emma

あはは、なし、今のなし。ほら、始まるよ。セッター見なきゃ。

Rei

……うん。セッター見る。でも、私は今日、リベロもちゃんと見とく。

第三セットの最初の一本は、相手の強いサーブだった。違う色のユニフォームが床すれすれに滑り込み、ボールがふわりと上がった。スタンドの拍手のなかで、エマの手がいちばん先に鳴った。

Rei

エマ、さっきから、体ぜんぜんぶれないね。立ったり座ったりしてるのに、頭の位置が変わらない。

Emma

あー、道場で毎朝しごかれてるから。先生がね、八十六なのに、私より足の音がしないの。

Rei

体幹の人だ。……ねえ、それ、コスプレの立ちポーズにすごく向いてると思う。一枚だけでも。

Emma

あはは、またその話。……考えとく、って言っとく。

Rei

うん。考えとく、で十分。無理には誘わない。

運動 アリーナの外の階段 試合のあと、夕方の手前

試合は最終セットまでもつれた。最後の一点が決まった瞬間、コートの選手たちが輪になり、スタンドの両側から拍手が起きた。勝ったほうにも、負けたほうにも。エマは立ち上がって拍手しながら、負けたチームのセッターが、床に座りこんだリベロに手を差し出すところを、カメラではなく自分の目で見ていた。

試合が終わると、外はまだ明るかった。階段の下では、ボードを抱えた中学生くらいの子たちが、広場の端で順番にスケートボードを転がしている。レイは足を止めた。

Rei

……あ、これもだ。私、スケボーの話でもうひとつ好きなアニメがある。『SK∞ エスケーエイト』。

ボンズが制作したテレビアニメ『SK∞ エスケーエイト』の題材は、スケートボード。内海紘子が監督を、大河内一楼がシリーズ構成と脚本を担当した。第1期は全12話で、2021年1月から4月にかけて放送された。[2]

Rei

バレーと違って、スケボーは一人で滑るんだけど、あのアニメは、隣で滑る誰かがいるかどうかの話なの。一人で上手くなるのと、誰かと一緒に楽しいのは、別のことなんだって。今日の囮の人を見てて、ちょっと思い出した。

Emma

ボールが来なくても跳ぶ人と、隣で滑る人。……レイ、今日ずっと、そういう人の話してるね。

Rei

……バレた。私、主役の隣にいる人が好きなんだと思う。

Rei

ねえ、エマはさ、なんでそんなにいろんな国の言葉が出てくるの。今日も応援のとき、三つくらい混ざってた。

Emma

えー、出てた? あはは、引っ越しが多かっただけだよ。それより、今夜のFPS、何時から?

レイはそれ以上は聞かなかった。聞かなくても、今日一日でエマについて分かったことは、十分にあった。ボールが来なくても全力で跳ぶ人を、エマがいちばん大きな拍手で見送っていたこと。

Rei

九時。今夜は私が上げるから、エマが打って。

Emma

了解! じゃあ私、囮もやる。

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講述者 Rei 沉默寡言卻一談關係就停不下來的工程師 閱讀更多 Rei 的文章 →

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