港の上をひと回りしてきたドローンを、ハヤテが両手でそっと縁側に下ろした。食卓には大皿が三枚。浜稽古の帰りに寄ったアカリは、道着の袋を玄関に置くなり、炊き込みごはんを二杯目までよそっていた。台所からは、シズカが魚を焼く音が続いている。窓の外では、干した網が風に揺れていた。
よっしゃ! 船も子どもらも、全部入ったか?
はい。舳先にゲンさん、その後ろにみなさん。風が止んだ一瞬で撮れました。
アカリの道着の袋から、漫画の単行本が一冊はみ出していた。表紙の少年の頬に、細い線が二本ずつ。
おっ、それナルトか?
僕、アニメで観てました。小学校のころ、夕飯のときにつけて。
私は兄ちゃんの横で観てた。小学校に上がる春。ボルトは、誰でも名前を知ってる人の息子なの。
誰でも知ってる親父か。そりゃ息子はしんどいわな。背中がでかすぎる。
しんどいとこもあるけど、私は最初から、ボルトが自分の足でやろうとしてるとこが好き。誰の子かは、本人が選んだわけじゃないし。
アカリは、NARUTO のほうは。
あとから。中学に入ってから、稽古の帰りに一巻から読んだ。息子のほうが先で、父ちゃんのほうがあと。
逆から入ったのか! そりゃ面白え。
面白かったよ。父ちゃんのほうを読み終わったら、ボルトの顔の見え方が変わった。この人の子なんだ、って。
あらあら、子の側のご意見ですね。ゲンさんは、もうすっかり親の側で観ていますでしょう。
そりゃそうだ。俺の二世ものの始まりは、中学のころのドラゴンボールZだからな。悟空の息子の、悟飯の話でもあるんだ。[4]
テレビアニメ『ドラゴンボールZ』は1989年4月から1996年1月まで放送
あんときは悟空のほうばっかり観てた。いま観ると、悟飯のほうで泣いちまう。親が変わったんじゃねえ、観てる俺が変わったんだ。
……分かります。同じ場面なのに、観る席が変わるんですね。
親の側で観るのって、どんな感じなんですか。僕はまだ、子の側しか知らないので。
船の上で、子ども向けのアニメを観るだろ。そうすっと、画面の子どもより、陸に置いてきたうちの子の顔が浮かんでくるんだ。いま何食ってんのかな、とか。主人公の親が出てくると、もう駄目だ。そいつの気持ちで観ちまう。
その間、こちらは子どもたちと、ゲンさん抜きで同じアニメを観ていましたね。
……それを言うなよ。
キン肉マンって、ゲンさんが子どものころのやつ?
おう。ガキのころに親父のほうを読んで、大人になって息子のほうを観る。二世ものってのは、観るほうも年を取るんだ。
うちでは、半妖の夜叉姫をみんなで観ていました。娘たちが、それはもう熱心で。
犬夜叉の続きだっけ。
私はつい、この子たちはちゃんと食べているのかしら、と思ってしまって。親が画面にいない時間に、子どもは育つものですから。
……食べているか、ですか。
ええ。私ね、親の名前を背負った子のお話を観ると、背負わせた側のことを考えてしまうんです。親は、自分と同じ道を歩いてほしいとは、案外思っていないものですよ。
出た、シズカの食卓目線。
野球だと MAJOR 2nd。あれも二世。
MAJOR なら、カオルが野球少女のころに観てたやつの続きだな。あいつに言ったら、話が九回裏まで終わらねえぞ。
親のほうを知らないまま観たのは、SHAMAN KING FLOWERS です。前の作品は、あとから名前だけ知りました。
え、親のほう知らないで観たの?
知らないまま観ると、親の名前が、ちょっと遠い山みたいに見えました。
いいじゃん、それ! 前を知らねえやつにしか見えねえ景色だ。
カートの遠征の帰りに、仲間のワゴンの後ろの席で一話ずつ観ました。高速の灯りが流れていくなかで、主人公が代わる回だけ、なかなか次を押せなくて。
同じ家の人が、親から子へ、子から孫へ。三世代の話なんです。[13]
三代か! ……おい、親子三代は反則だろ……!
まだ主人公が代わるって聞いただけだよ、ゲンさん。
ゲンさんは、三代と聞いただけで泣ける人なんです。
代わっていくのなら、ジョジョもそう。兄ちゃんの本棚にある。部ごとに主人公が代替わりして、みんなジョースター家の血筋で、みんな「ジョジョ」って呼ばれる。[15]
名前ごと、受け継いでいくんですね。
ねえ。並べると、二世ものって、親を越えるかどうかの話っていうより、親と違う走り方を見つける話なのかも。
……カートでいうと、同じコースでも、ラインは人によって違うので。
それ。ハヤテのライン、ハヤテのじゃん。
ハヤテは少し黙って、湯呑みを両手で持った。シズカが、その前に焼き魚をもう一切れ置いた。
ハヤテさん、遠慮なさらずに。撮ってくださったお礼です。
……すみません。いただきます。
てか、ゲンさんも二世じゃん。お父さん、漁師だったんでしょ。
ゲンの箸が止まった。子どもたちが一斉に父の顔を見た。
縁側のほうで、下の子が「じいちゃんの船の話、また聞きたい」と言った。ゲンは返事をせずに、炊き込みごはんの茶碗を持ち上げて、しばらく顔の前から下ろさなかった。
……俺がか。親父の船に乗せてもらうのが、ガキのころいちばんの楽しみでよ。
ほら、もう目が赤いですよ。
赤くねえ。潮だ、潮。
ハヤテがタブレットに、さっきの写真を出した。港の上から見下ろした船の舳先で、ゲンが両手を振っている。その後ろで、子どもたちがみんな同じ方向に手を振っていた。
振り方、全員ゲンさんと同じ。
……よし、これ、でかく焼いて居間に貼るぞ。