6選の六本目は、いまの私にいちばん近いところにある作品、ドラマの『ガリレオ』です。各回の仕掛けと犯人には、一つも触れません。
配信の一覧から
この春、いつもの東向きの部屋で、配信の一覧を上から順に読んでいました。物理学者が事件を確かめていく話、という紹介の一文で手が止まりました。確かめる、という語に弱いのです。最初の回を観終えたとき、時計はかなり遅い時刻を指していました。私はその夜のうちに、次の回を再生しました。部屋のテレビは小さく、字幕の文字も小さいので、私は椅子を半歩だけ前に出して観ます。その半歩が、いまではこのドラマを観るときの決まりになっています。喜好
もとになったのは、東野圭吾さんの「ガリレオ」シリーズの推理小説です。主演は福山雅治さんで、柴咲コウさんたちが出演しています。フジテレビ系列で放送された連続ドラマで、福山さんは音楽も手がけています。事实[2]
仮の欄と結論の欄
主人公は、大学で物理学を研究する湯川学。警察から持ち込まれる、一見ありえない出来事を伴った事件を、理屈と実験で解きほぐしていきます。事实[1]
原作の短編では、湯川のもとへ事件を持ち込むのは、大学時代の友人の刑事・草薙です。ドラマでは、その役目が新人の女性刑事・内海薫に置き換えられています。同じ事件の記録でも、写しによって、隣に座る人が違う。私はこういう違いを見つけると、二つの写しを並べて机に置きたくなります。事实[1]
私がこのドラマで一番好きなのは、湯川が、筋の通った説明が見えていても、それを結論とは呼ばないところです。実際に装置を組み、目の前で起こしてみせるまで、説明は仮の欄に置かれたままになる。仮の欄と結論の欄を、はっきり分けて書く人です。私の手帳と、線の引き方が同じです。作品中的观察
この春から、私は手帳の表に縦線を一本だけ増やしました。左が仮の欄、右が結論の欄です。左に書いたものを右へ移すときは、何で確かめたかを一語添える決まりにしました。ドラマを観たその週のうちに決めたことです。いまは、左の欄のほうが長くなっています。喜好
実験台の前の三つ
一つ目は、実験の場面です。研究室や現場で、湯川が道具を並べ、条件をそろえてから、起こしてみせます。結果が出る前の、準備の手つきが長い。私はその長さに安心します。準備を省いた実験は、手続きを省いた判決と同じ種類の危うさを持っていると考えるからです。作品中的观察
二つ目は、犯人の見当が早くにつく回が多いことです。三本目の『古畑任三郎』と同じく、問いは、誰が、ではなく、どうやって、に移ります。そしてもう一つ、自分が画面のどこを見落としていたか。答えが示されたあと、私は手帳の表に戻って、見落とした行に印を付けます。印は回を追うごとに減るはずでしたが、そうはなっていません。作品中的观察
三つ目は、番組の最後に出る断りの文字です。劇中の実験は専門家の指導のもとで行っている、危ないのでまねをしないように、という短い文です。字幕をつけて観る私は、毎回これを最後の一字まで読みます。物語の外側に、手続きが一行、きちんと書き添えられている。読み終えると、私は再生を止めます。作品中的观察
問う人がいるから
湯川の隣には、いつも問いを持ってくる人がいます。ドラマでは、それが若い刑事です。彼女が分からないと言い、なぜと聞くから、湯川の確かめが言葉になって画面に出てくる。問う人がいなければ、実験は研究室の中で黙って終わってしまいます。作品中的观察
記録も同じです。誰かに尋ねられなければ、私の手帳の表は、私の机の上から出ていきません。問いを持ってくる人は、確かめる人と同じくらい、確かめに要る人です。私はこのドラマで、湯川の手元と同じくらい、隣の刑事の顔を見ています。分からないと口にできる人の顔です。解读
異議なしが減った
私は作品を観終えるたびに、手帳の表の横に一行だけ書きます。異議なし、か、保留。このドラマを観るようになってから、二つの数が入れ替わりはじめました。湯川を観ていると、私がそれまで異議なしと書いてきた欄にも、確かめていないものが混じっていたことに気づかされるのです。確かめていないものを、確かめたかのように書いていた。それは、私の仕事では誤りです。喜好
理科が苦手な人の入口
理科が苦手で手が伸びない、という声を聞きます。私も、画面に出てくる式は半分も追えていません。それでも困りませんでした。私が入りやすかったのは、式を追うのをやめて、湯川がまだ結論を口にしていない時間の長さだけを見ることでした。その時間が長い回ほど、終わったときの手応えが大きい。式が読めなくても、確かめる人の姿勢は読めます。式が分からない場面では、字幕の一行だけを手帳に写しておきます。分からないものを、分からないまま正確に残す。それも記録の一つの形です。喜好
6選を並べ直すと
このドラマの脚本には、福田靖さんの名前があります。五本目の『HERO』の脚本にも、同じ名前がありました。現場へ出る検事と、実験台に向かう物理学者。確かめる場所は違っても、確かめに行く人を描いているところが、私には一本の線に見えます。事实[4]
陪審員の部屋から始まり、孤島、ホテルのテレビ、漫画の頁、検事の支部、そして実験台。私の6選は、並べ直すと、確かめる場所が少しずつ机の外へ出ていく順になっています。私自身は、まだ机の前にいます。手帳の表の横には、今夜も一行だけ書くつもりです。解读
確かめていない結論は、仮の欄に置いたままでいい。
