夏の島で、人が消えていく漫画。三本目はこれにした。謎の答えには一字も触れない。代わりに、俺がこの漫画を一週ずつ、どうやって組み立てながら読んでいたかを書く。
更新の朝とメモ帳
高校のころ、この漫画を週に一度の更新で追っていた。朝、家を出る前に最新話を一回。速さは落としたまま。昼休みにもう一回。夜はスマホのメモ帳を開いて、その週に引っかかったことを一行ずつ足していく。誰がどこにいたか。誰が何を言わなかったか。連載が終わるころには、そのメモ帳は、画面を何十回も送らないと下まで届かない長さになっていた。喜好
考察の動画も観ていた。ただし、観るのは自分で一回組み立ててから、と決めていた。先に人の答えを見ると、手元の断片が全部、その答えの形に並び直してしまう。間違っていてもいいから、まず自分の形を作る。それから動画で答え合わせをする。外れた所に、俺の読み方の癖が出る。喜好
島に帰ってきた日
描いたのは田中靖規。「少年ジャンプ+」で連載された漫画で、単行本は集英社のジャンプコミックスから出ている。舞台は和歌山市に属する小さな離島、日都ヶ島。主人公の網代慎平は、幼なじみの小舟潮が死んだという知らせを受けて、二年ぶりに島へ戻ってくる。事实[1]
葬儀は滞りなく進む。けれど、その場にいた親友は慎平に、潮の死にはおかしな点があって、誰かに殺されたのかもしれないと打ち明ける。翌日には、近くに住む一家が全員いなくなる。島には、自分とそっくりの「影」を見た者は死ぬ、という言い伝えが残っている。始まりは、ここまで。事实[1]
一週間抱えて歩く断片
一つ目に挙げたいのは、断片の置き方。一話の中で何か一つを見せて、何か一つを隠す。俺にはそう読めた。その隠された一つを、次の更新まで一週間抱えて歩く。通学の電車でも、授業のノートの端でも。一話ずつ読むと、待っている時間まで、読んでいる時間に入ってくる。解读
一気に読める今の読み方も、もちろんある。俺も完結してから、一晩で最初から通したことがある。速い。でも、一週間の重さが抜けていた。あの待ち時間は、作品の外にあったのに、俺の中では作品の一部だった。喜好
走るコマと止まるコマ
二つ目は、ページの速さの切り替え。人が島の細い道を走る場面では、コマが細かく割れて、目が勝手に次へ流れていく。逆に、誰かが何かに気づく場面では、急に大きなコマで止まる。俺はその止まるコマが来るたびに、スクリーンショットを一枚撮っていた。週に一枚ずつ、画像の数だけが増えていった。作品中的观察
倍速で観る動画と違って、漫画のページは、止まる所を描いた人が先に決めている。俺は自分の速さで読むのが好きな人間だけど、この漫画の大きなコマには、毎回素直に止められていた。止められるのが嫌じゃない作品は、俺には多くない。喜好
怖い出来事の横の普通の夏
三つ目は、島の暮らしの手触り。葬儀の段取りや、親戚や近所の人の集まり、港、夏の暑さ。謎の話なのに、生活の場面がちゃんとある。怖い出来事のすぐ横で、島の人たちの普通の夏が続いている。普通の場面があるから、普通じゃない場面の温度が上がる。俺はこの夏の島の話を、海の遠い町の部屋で読んでいた。窓の外は田んぼで、聞こえるのは蛙の声だけ。それでもページの中の港の場面になると、なぜか海の匂いがする気がした。行ったことのない島の夏を、俺は何年か、週に一度ずつ借りていた。解读
写真を重ねて地形にする
いまの仕事では、空から撮った写真を重ねて、地形の図にしている。一枚の写真に写っているのは、地面のほんの一部。重なりのある写真を何百枚も合わせて、やっと一つの形が立ち上がる。この漫画の読み方は、それと同じだった。一話ぶんの断片では何も見えない。重なっている所を見つけると、急に輪郭が出てくる。解读
違うのは、合わない所の扱い。仕事では、合わない所を勝手に均さずに残しておく。漫画のほうは、合わない所が、何週かあとに答えになって返ってくる。俺は、合わなかった一行の頭に、メモ帳の中で先に印を付けておくのが好きだった。印が回収される週は、朝の電車で一人で少し笑った。喜好
最後の更新の朝
連載が終わる週の朝も、いつもどおり家を出る前に読んだ。中身は書かない。メモ帳の最後の行に何を書いたかも、ここには書かない。ただ、その日だけは答え合わせの動画を開かなかった。自分で組み立てた形と、描いた人が置いた形の差を、もう少しだけ自分の中に置いておきたかった。喜好
何年か経って、メモ帳はまだ消していない。読み返すと、高校の俺が外した予想がそのまま残っている。外れた行ほど、あのころ何を怖がって、何を信じたかったかが分かる。正解の行より、外れた行のほうが、俺の記録になっている。喜好
怖い話が苦手な人へ
影の話だから、怖い場面もある。俺は怖がるより組み立てるほうに回る人間だけど、夜に一人で読むのが苦手なら、明るい時間に一話ずつが合うと思う。それと、最初の何話かは、謎を解こうとしないで、島の人の名前と顔だけ覚えるようにした。俺はそれで、あとの話がずっと追いやすくなった。メモ帳の最初の行は、全部人の名前だった。喜好
待つ漫画と一度に届く漫画
一本の作品から元へたどる癖は、中学で読んだ『ワンパンマン』でついた。断片を組み立てる読み方が自分の速さに合っていると分かったのは、この漫画だった。次の四本目『ルックバック』は、組み立てる暇もなく、一晩で全部が届いた読み切り。毎週待つ漫画と、一度に全部届く漫画。高校の同じ数年のうちに両方に出会ったのは、いま思うと運がよかった。喜好
人の答えを見る前に、自分の形を一回作っておく。外れた所に、自分の読み方が残っている。
