韓国から来た縦読みの漫画を、6選の一本目に置く。どこまで強くなるのか、誰と戦うのかは書かない。ここにあるのは、俺がこれを、どんな夜に、どの指で読んでいたかの話だけ。
線を一本引いたら一話
地方の大学の工学部にいたころ、製図の課題で朝まで起きている夜が何度もあった。机の正面にモニター、左手にスマホ。モニターの片方には雑談配信を流しっぱなしにして、図面の線を一本引き終えるたびに、縦読みを一話だけ下へ送る。そのとき読んでいたのが、この漫画。喜好
一話の長さが、線一本ぶんの休憩にちょうど合っていた。読み終えると、画面のいちばん下に次の話の入口が出る。押したくなる。押さずに、定規を持ち直す。その我慢まで含めて、あの時期の徹夜の手順だった。喜好
ゲートが開く世界
原作・原案はChugong、作画はDUBU(REDICE STUDIO)。韓国で生まれた小説と漫画で、日本語版はピッコマで読める。舞台は、異次元とこちらの世界をつなぐ通路「ゲート」が現れるようになった世界。特別な力に目覚めて、ゲートの中のダンジョンで戦う人たちは、ハンターと呼ばれている。事实[1]
主人公の水篠旬は、いちばん下のランクのハンター。周りからは「人類最弱兵器」とまで言われている。その旬が、低いランクのダンジョンの奥に隠れていた二重ダンジョンで死にかけたとき、目の前に謎の窓が開く。その日から、レベルが上がっていくのは旬ひとりだけになる。始まりは、そこまで。事实[2]
親指で決める速さ
まず、読む速さの決め方。紙の漫画は、見開きのどこから目を入れるかを、ページのほうがだいたい決めてくる。縦読みはコマが一列に並んでいて、下へ送る親指の速さが、そのまま読む速さになる。戦いの場面は親指を止めずに流す。誰かが黙りこむ場面では、指を画面から浮かせたまま待つ。途中で何回速さを変えても、誰にも見られていない。喜好
窓に出る数字
二つ目は、旬の前に開く窓。ゲームの画面みたいな四角い枠に、言葉や数字が出る。俺は毎晩、ソシャゲのデイリーを片づけてから寝る人間だから、あの窓が出るたびに、手元のスマホと漫画の中の画面が同じ形をしていて、少し笑った。作品中的观察
数字が一つ上がるのを見ると、人はもう一回だけ続けられる。それは製図の夜の俺も同じだった。図面の線が一本増えるのと、漫画の中の数字が一つ増えるのが、あの机の上では同じ重さだった。解读
左手の漫画と右手の定規
製図は、線を等倍で一本ずつ引く作業だった。急ぐと、どこかで必ずずれる。だから右手はずっと遅い。その横で、左手の親指だけが速く動いていた。遅い右手と速い左手を、一つの机の上で同時に持っていたのが、あのころの俺だったと思う。喜好
雑談配信は、眠らないための音だった。誰かがしゃべっている声があると、部屋が一人じゃなくなる。漫画を開いているあいだだけは、その声が遠くなる。暗い通路を誰も口をきかずに進んでいく場面で、配信の笑い声が急に聞こえなくなったことがある。耳が、漫画のほうに持っていかれていた。喜好
一段ずつしか上がらない
三つ目は、いきなり頂上へ行かないこと。いちばん下にいた人が、一段上がって、次の段の前でまた止まる。止まっている時間が、俺には長く感じなかった。次の段がどこにあるか、窓が先に見せてくれるから。止まっている場所が、行き止まりじゃなくて踊り場に見える。解读
大学のころの俺は、課題が終わるかどうかより、今夜あと何本線を引けば朝になるか、を数えていた。先の大きさを考えると手が止まる。目の前の一段だけ見ていれば、手は動く。この漫画の上がり方は、あの数え方に似ていた。喜好
元は小説
いつもの癖で、読み終える前に元を探した。この話には、先に小説がある。Chugongが書いた小説が韓国のサイトで公開されて、その二年ほどあとに、縦読みの漫画の連載が始まった。事实[3]
小説のほうも、少しだけ開いた。絵の漫画だと一コマの顔で済んでいる場面が、文字だと旬の考えごとの列になって並んでいる。どっちが上という話じゃない。同じ話を、別の道具で読んでいるだけ。俺は漫画のほうに戻って、その顔のコマの前で親指を止めるようになった。喜好
縦読みに慣れていない人へ
縦読みを開いたことがない人に、俺がうまくいった読み方を一つ。一日一話、と決めて読むと、俺には合っていた。まとめて読むと、窓の数字が速く流れすぎて、一段ずつの感じが消える。アニメから入った人もたくさんいるし、そっちが先でも何も困らない。俺はたまたま、縦が先だっただけ。喜好
戦う場面に怖い見た目の相手も出てくるから、そういうのが苦手なら、昼の休憩に読むのがいいと思う。俺は真夜中の製図室で読んでいたけど、あれは眠気のほうが怖かったからで、たぶん参考にならない。それと、窓に出る文字は小さいことがあるから、そこだけ画面を少し拡げて読むと、数字の上がり方がちゃんと目に入る。喜好
上がる途中と上がりきったあと
同じ縦読みの二本目『女神降臨』は、親指で送るのは同じでも、送るたびに変わるのが強さじゃなくて顔。五本目の『ワンパンマン』は、最初からどんな敵も一発で倒してしまう人の話で、一段ずつ上がるこの漫画とは向きが逆になる。上がる途中の話と、上がりきったあとの話。俺はどっちも、寝る前の一話の速さで読んでいる。解读
製図の課題は、もう出さなくていい。それでも、いまでも寝る前に何かを一話だけ読むとき、親指が下へ送るのを一度ためらう。次を押す前に、一回だけ手を止める。あの机で覚えた癖が、まだ指に残っている。喜好
次の話を押す前に、定規を持ち直す。一晩に一段ずつしか上がれない階段も、ちゃんと上まで続いている。
