二本目は『魔王城でおやすみ』。同業者の話である。魔王が人質をさらい、城の牢に入れる。そこまでは余もよく知る段取りだ。ところが牢の中の者は、逃げ出すどころか、よく眠ることだけを考えはじめる。余は魔王の肩を持つつもりで観はじめ、気がつけば毎回、さらわれたほうを応援しておる。
肘掛けの裏に一台
タブレットが五台に増え、見放題を三つ抱えたころのことだ。玉座の肘掛けの裏に一台忍ばせ、音を消してこれを観ていた。政の最中である。じいやに見つかって取り上げられること、三度。四度目は、さすがに別の部屋へ逃げた。音を消していても、笑い声だけは消せぬのが困りものであった。家臣たちは、余が政の席で急に咳払いをするたび、何事かと身を固くしたらしい。笑いをこらえていただけである。喜好
眠るために城を使う人質
原作は熊之股鍵次の漫画で、『週刊少年サンデー』で連載されている。アニメは動画工房が手がけ、監督は山﨑みつえ。事实[1]
魔王にさらわれた王女は、人質として、牢で暇を持てあまし、よりよい眠りのことばかり考えるようになる。そして城の中のものを、自分の安眠のために好き勝手に使いはじめる。魔王の側は手を尽くすのだが、当の本人は、さらわれた身の上をまるで気にしていない。事实[2]
魔王らしからぬ魔王
この城の主である魔王は、さほど恐ろしくも、冷酷でもない。人質の勝手ぶりに、たびたび巻きこまれる。事实[2]
同業者として言わせてもらえば、耳が痛い。人質一人の寝床のために、城じゅうが振り回される。余の城でも、余一人の夜更かしのために、じいやと家臣が毎晩振り回されておる。……立場が逆であるな。画面の魔王が頭を抱えるたび、余はじいやの顔を思い浮かべて、少しだけ申しわけない気持ちになる。少しだけ、である。解读
冠を手放す早さ
人質は、もとから頭に着けていた冠を、城に住む魔物にあっさり渡してしまう。事实[1]
冠である。余にとっては、名乗りの次に重いものだ。それを、城の魔物にあっさり渡してしまう。そこである! あの迷いのなさ。王の印を、ためらいもなく手放す。余は画面の前で声が出た。悔しいが、あの身軽さは見習いたい。余も一度、冠を外して寝てみた。驚くほどよく眠れるものだ。翌朝、じいやに冠の置き場所を三度聞かれた。解读
ルカ殿。そなたに聞いた家賃とやらの話であるが、この城の人質には要らぬようだ。
ええ。着るものも食べるものも寝る場所もそろっていて、あとは眠り方を工夫するだけ。失礼ながら、少しうらやましいお暮らしかもしれません。作品中的观察
……ほう。眠る場所の話になると、そなたは声が柔らかくなるな。
そうでしょうか。……考えておきます。
名乗りを歌うのは人質のほう
オープニングの歌を歌っているのは、人質の王女の声をあてている水瀬いのりである。事实[1]
余はオープニングを飛ばさぬ。あれは名乗りだ。名乗りを聞かずに斬りかかるのは、礼を知らぬ者のすることである。この作品は、その名乗りを、城の主ではなく、さらわれた側が上げる。毎回それを聞いてから本編に入るので、どちらがこの城の主なのか、観ているうちに分からなくなってくる。たぶん、作り手もそのつもりなのであろう。余は名乗りを聞くたび、背筋を伸ばして寝椅子に座り直す。歌っているのは人質であるのに、なぜか城の主に挨拶をされた心持ちになるのだ。解读
人質を預かる城の苦労
余がこの作品で目を凝らすのは、城の側の段取りだ。人質を預かるとは、食わせ、寝かせ、逃がさず、しかも傷つけぬということである。人質を預かった覚えのある者なら、その手間の重さを知っておろう。この城は、その手間を、人質本人にかき回され続ける。城の魔物たちは、人質に振り回されながら、少しずつ情を移していく。見張る側が、見張る相手に情を移す。王の目で観ると、そこがいちばん危うく、いちばん面白い。それでも城が回っていくのは、魔王とその臣たちが、腹の底では人の好い者ばかりだからであろう。余の家臣たちと、どちらが辛抱強いか、一度比べてみたいものだ。解读
さらうと聞いて引っかかる者へ
さらう、閉じこめる、と聞くと構える者もおろう。余もはじめは、魔王の肩を持つ気で観た。だが中身は、眠るための工夫と、それに巻きこまれる城の者たちの、短い笑いの連なりである。寝る前に一話だけ流す、というのが余の性に合った。観ているうちに、城の魔物たちのほうも、人質の工夫に付き合わされるのを、まんざらでもない顔で受け入れていくのが分かる。そこまで来れば、もう怖い話ではない。ただ一つ困るのは、観終えるとこちらまで眠くなることだ。寝ると回線が切れるので、余はそう簡単に眠るわけにはいかぬ。喜好
ルカ殿の一本と並べて
6選の外の話になるが、ルカ殿の6選にある『はたらく魔王さま!』を、余は同業者の手記として三周した。家賃とは何か、シフトとは何か。そのたびにルカ殿は、一つずつていねいに説いてくれた。どちらも、余の城には無い言葉である。あちらを観たあとでこちらを観ると、魔王という役目にもいろいろあるものだと思う。6選の中でいえば、『葬送のフリーレン』も、魔王が物語の主役の座にいない話だ。余の好む物語は、どうやら、魔王が勝つ話ではないらしい。……余の城も本物であるが、この作品の城ほど静かに眠れる部屋はない。じいやの寝息が聞こえるだけである。喜好
閉じこめたはずの城が、閉じこめられた者の寝室になってゆく。そういう負け方なら、魔王も悪くないと余は思う。