5人の子どもを育ててきたゲンにとって、アンパンマンは「何百回も一緒に見たヒーロー」だそうです。お腹がすいたと言いながら、ナギと一緒に年譜を開きました。
うちの子は5人とも、まずアンパンマンから入った。腹をすかせた子に、自分の顔をちぎって食べさせるヒーローだ。こんなヒーロー、ほかにいるか?喜好
記念館のサイトでも、やなせたかしさんは「アンパンマン」の生みの親として紹介されてるね。おなかがすいて困ってる人を、自分の顔を食べてもらって助ける正義のヒーロー。事实[1]
最初は雑誌だった
で、今日の「へえ」だ。香美市立やなせたかし記念館の紹介じゃ、やなせさんが「アンパンマン」を発表した場所は雑誌『PHP』。1969年、やなせさんが50歳のときだったんだ。事实[1]
年譜だと、1969年に『PHP』に短編を一年間連載して、その10月号に「アンパンマン」が登場、って書いてある。事实[1]
50歳だぞ。俺といくつも変わらねぇ。そこから新しいヒーローを生んだってのが、なんだか励まされるんだよな。喜好
ひらがなの「あんぱんまん」
そのあと1973年に、『キンダーおはなしえほん』っていうフレーベル館の月刊絵本の10月号に、「あんぱんまん」が載ってる。こっちはひらがなで書いてあるんだね。事实[1]
それから1988年、日本テレビ系で「それいけ!アンパンマン」のテレビアニメが始まる。最初に出てきてから、20年近くたってるんだ。事实[1]
1969年の『PHP』での登場から絵本のシリーズまで、ヒーローの「アンパンマン」を、やなせさんは載せる場所を変えながら長い年月描き続けた。記念館では、その姿を自筆の原画で紹介する展示もしてたみたい。事实[2]
最初は絵本じゃなくて雑誌に出てきたって思うと、あのヒーローの見え方がちょっと変わるね。解读
だな。50歳の大人が、本気で「腹ぺこを助けるってどういうことだ」って考えたところから来てるんだと俺は思う。そう思うと、うちの子らと何百回も見たあの顔が、急に頼もしく見えてくるんだ。解读
34歳で独立してから
年譜をさかのぼると、1953年、34歳で三越百貨店を辞めてフリーになってる。そこから広告の漫画や、詩や、舞台の仕事まで、いろんなことをやってきた人なんだな。事实[1]
「手のひらを太陽に」の作詞も、1961年なんだって。アンパンマンより前。事实[1]
回り道に見えて、ぜんぶつながってたんだろうな。網と一緒だ。結び目が多いほど、でっかい魚を受け止められる。解读
腹ぺこを助けるヒーロー
強い敵を倒すより先に、お腹がすいた人を助けるっていうのが、私はいいなって思う。喜好
俺もだ。腹が減ってると、人間は何もできねぇ。泣く元気も、笑う元気も出ない。だからまず食わせる。それがいちばん最初の助け方なんだ。船の上でも、落ち込んでる新米には、説教より先にあったかい飯だった。喜好
記念館のサイトには、やなせさんの「人生は喜ばせごっこ」っていう言葉も載ってるよ。事实[1]
喜ばせごっこ、か。いい言葉だなあ……! よし、今日の晩飯は、子どもらとパンでも焼くか。喜好
アンパンマンが初めて登場したのは1969年の雑誌『PHP』。作者のやなせたかしさんは、そのとき50歳だった。