这篇文章尚未翻译成此语言。目前显示日语原文。

二周目

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』二周目は車と音

結末を知ってから観直すと、走りつづけるだけに見えた映画が、一本の道の組み立てとして見えてきます。リグの音、画面のまんなか、止まる場所。カグラが音を、ハヤテが車を受け持って、二周目の見どころを出し合います。

本文含有直到结局的剧透

范围映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(劇場公開版)の結末まで触れます。

这是写给看完作品、想在二周目看得更有趣的人的文章。中段展开与结局、真相的细节都折叠起来,点击才会显示。

适合这样的人
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を最後まで観た人へ。二周目は、追いかけっこの迫力の奥にある、車と音と道の組み立てを見直したい人に。
剧透范围
会提及结局 映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(劇場公開版)の結末まで触れます。
发言的人
Kagura × Hayate
主张的种类: 事实 作品中的观察 有依据的推测 解读 喜好
目录 共 10 节·约 17 分钟
  1. 二回目は自分の切符で
  2. 縛りつけられた男
  3. 一台の大きな車
  4. 砂嵐の手前と向こう
  5. 鯨の声がするトラック
  6. 画面のまんなか
  7. 若い兵士の席
  8. 砂漠のなかほどで
  9. 旅の終わり
  10. 二周目の最初の一か所

観終えた人と一緒に、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の頭へ戻るつもりで書きます。6選で話した客席の声から、もう一歩、結末の側へ。中盤の核心と、結末や生死にかかわるところは、それぞれ折りたたみの中です。相手は、家のテレビで初めてこの映画を観たというハヤテさん。私は音を、ハヤテさんは車を見ています。

二回目は自分の切符で

一周目は、学生のころのアルバイト先の劇場でした。翌週、自分で切符を買って、同じ劇場の別のスクリーンでもう一度。二回目の客席には、私と同じように「もう知っている」人が何人も混じっていて、一回目とは息をのむ場所が少しずれていました。この記事は、そのずれを手がかりにしています。喜好

一周目の客席は、追いかけっこが始まるたびに体が前へ出ていました。二周目の客席は、むしろ静かな場面で前へ出る。砂漠の真ん中でリグが止まっている場面や、夜の短い会話の場面で、前の列の頭がすっと動かなくなる。何が起きるかを知っている人ほど、騒がしい場面より、その前後の静かな数秒を見ているようでした。一周目と二周目で、同じ客席の同じ列が、まるで別の映画を観ているようでした。作品中的观察

基本のところだけ書いておくと、ジョージ・ミラーさんが監督した、『マッドマックス』シリーズの四作目です。事实[1]

Hayate

僕は家で、配信で観ました。画面が小さかったので、ほとんど車の動きばかり追っていました。

Kagura

小さい画面だと、どこがいちばん気になりました?

Hayate

止まるところです。あれだけ走る映画なのに、車が止まる場面のほうが、記憶に残っています。止まると、次に何が起きるか分からないので。喜好

Kagura

それで十分だと思います。ハヤテさんは車を、私は音を。今日はお互いの持ち場から、二周目に見たい場所を出し合いませんか。

Hayate

はい。先に一つだけ、いいですか。……あの映画の運転は、僕は一つも真似しません。喜好

Kagura

ふふ、そこは譲れないんですね。

縛りつけられた男

物語は、マックスがイモータン・ジョーの手下たちに捕まり、ジョーの砦シタデルへ連れていかれるところから始まります。そこでマックスは、病んだ兵士ニュークスに血を分けるための「血液袋」にされる。追跡が始まると、マックスはニュークスの車に縛りつけられたまま、砂漠へ連れ出されていきます。事实[1]

二周目にまず見てほしいのは、この最初のしばらくのあいだ、マックスがほとんど自分の思いどおりに動けていないことです。走っているのは他人の車で、彼は荷物のように運ばれている。主人公なのに、ハンドルを握っていない。作品中的观察

マックスは、昔助けられなかった人たちの幻に、たびたび苦しめられている人として描かれています。事实[1]

二周目の私は、その幻が物語のどこで顔を出すかにも気をつけて観ていました。一周目には、ただ怖いだけの短い場面に見えます。二周目には、マックスが誰かを助けるかどうかを迷うたびに、その幻がすぐそばに立っている、と感じるようになりました。救えなかった人を背負ったまま、目の前の人に手を出すかどうか。この映画のマックスは、ずっとその手前に立っている人です。解读

Hayate

僕も、最初にそこが気になりました。主人公が運転していない。ハンドルのない場所に座らされるのは、乗り手にはいちばんきついです。解读

Kagura

いちばんきつい、ですか。

Hayate

はい。自分でブレーキを踏めないので。どこで止まるかを、自分で決められない。解读

ハヤテさんの言う「止まる場所を自分で決められない」は、この映画の最初の形として、二周目の私の頭にずっと残っていました。最後まで観たあとで振り返ると、この映画は、他人の車に縛られていた人たちが、自分で止まる場所を選び直していく話に見えてくるからです。解读

结局·真相結末側の展開点击展开

終わり近く、深い傷を負ったフュリオサの命を、マックスがつなぎとめます。事实[1]

结局·真相結末側の読み解き点击展开

最初の場面で、他人のために血を取られていた男が、最後は自分の手で誰かの命を支える側に回っている。運ばれていた人が、運ぶ人になる。二周目は、冒頭の「血液袋」の場面と、この終盤の場面を、続けて思い出しながら観てください。マックスの手の位置が、最初と最後でまるで違います。解读

一台の大きな車

フュリオサは、ジョーの部隊を率いる大隊長です。大きなトラック「ウォー・リグ」で取引に出るはずが、そのリグには、ジョーが閉じこめていた五人の妻たちが隠れていました。気づいたジョーは、全軍と、手を組む仲間の勢力まで呼び寄せて追いかけてきます。事实[1]

フュリオサは左腕の先が金属の義手で、その体であの大きな車を操っています。事实[1]

Hayate

大きい車ほど、止まるのに距離が要ります。あのリグの大きさだと、止まりたい場所のずっと手前から、止まる準備を始めないといけない。フュリオサは、ずっと先を見て運転している人だと思います。解读

追ってくるジョーが呼び寄せる仲間は、ガスタウンを治める人食い男爵と、弾薬を作る土地を治める武器将軍です。事实[2]

砦の水と作物を握るジョーと、燃料の町と、弾の町。リグがもともと向かうはずだった取引は、この三つを結ぶ道の上にありました。二周目に観ると、フュリオサが外れたのは、ただの道ではなく、この世界の物の流れそのものだったと分かります。だからこそ、追ってくる側も、ジョー一人ではなく、燃料と弾を握る者たちまで一緒になる。追いかけっこの大きさは、外れた道の大きさなのだと思いました。解读

二周目に見てほしいのは、このリグが「誰の車か」ということです。一周目は、大きくて強い車、くらいにしか見えません。二周目は、リグに誰がどの順番で乗りこみ、誰がどこに座るかを追っていくと、この車の見え方が変わりました。作品中的观察

砂嵐の手前と向こう

追跡の途中で、リグは巨大な砂嵐の中を走ることになります。一周目は、画面いっぱいの砂嵐に圧倒されて、何が起きているのか追いきれませんでした。二周目は、砂嵐に入る前と出たあとで、誰がどこにいるかを見比べてください。砂嵐の向こう側で、乗り物の顔ぶれと、人の並び方がすっかり変わっています。作品中的观察

Hayate

砂嵐の中では、前も後ろもほとんど見えません。そこを抜けると、追ってくる車が減っている。見えない中で走りつづけるのは、……僕には真似できません。解读

Kagura

音のほうでも、砂嵐の場面は特別です。大きな音の上映だと、風の音が客席のうしろまで回りこんで、自分も砂の中にいるような気がしてきます。二周目は、目をつぶって数秒だけ聞いてみるのもいいと思います。喜好

中段为止中盤の展開点击展开

砂嵐のなかで、マックスの縛られていたニュークスの車は壊れ、マックスは手足が自由になります。マックスはフュリオサたちを押さえこみ、リグを一人で奪って走らせようとする。けれどリグには、フュリオサにしか扱えない仕掛けがあって、一人では動かせない。結局マックスは、フュリオサたちと一緒にリグに乗ることになります。事实[1]

Hayate

リグのところは、何回でも観られます。車には、整備した人の癖が全部入っています。どこにスイッチがあるか、どの順番で火を入れるか。フュリオサは、リグを運転しているだけじゃなくて、自分の体の続きみたいに組んでいる気がします。義手の人が、自分の手で一台を仕上げている。僕は、そこがいちばん好きです。解读

Kagura

わかります。劇場の機械も同じで、毎朝さわっている人にしか分からない癖があります。ほかの人が同じボタンを押しても、なぜか同じ音にならない。喜好

中段为止中盤の読み解き点击展开

ハヤテさんの言う「整備した人の癖」は、この中盤の場面でそのまま効いてきます。知らない人が乗っても、車のほうが言うことを聞かない。

二周目にこの場面を観ると、マックスとフュリオサが組むのは、気持ちが通じ合ったからではなく、車がそうさせたからだと見えてきます。一人では走らない車が、二人を同じリグに乗せた。この映画で人が手を組むときは、いつも理屈より先に、車や道の都合があるように見えます。そこを見ていくと、言葉の少ない二人の距離の縮まり方が、少しずつ見えてきました。解读

鯨の声がするトラック

ここからは私の持ち場です。音を担当したマーク・マンジーニさんは、ウォー・リグを小説の『白鯨』に重ねて考えていたそうです。イモータン・ジョーは、鯨を追うエイハブ船長。だから、リグの機械の音には鯨の鳴き声が重ねてあり、銛を打ちこまれたタンクからミルクが噴き出す場面には、鯨が潮を吹くときの息の音が入れてあります。事实[1]

一周目の私は、まったく気づいていませんでした。エンジンがうなっている、くらいにしか聞こえていなかった。知ってから二周目に耳をすませると、リグのエンジンの低い音の中に、ときどき長く伸びる、生きものの声のようなものが混じって聞こえる気がしました。大きなトラックが、ただの機械ではなく、追われて逃げる一頭の大きな生きものに聞こえてくる。二周目は、リグが画面に映るたびに、画面を見るより先に耳のほうを向けるようになりました。喜好

Hayate

トラックを、生きものとして、ですか。少し分かる気がします。毎日さわっている車は、エンジンを切るとき、ちょっと息をつくように止まるので。解读

Kagura

息をつく。いい言い方ですね。劇場でも、本編が始まる直前に、場内の音が一回すっと引く瞬間があります。私はあれを、劇場が息を止める音だと思っています。喜好

结局·真相結末側の展開点击展开

終盤でリグが壊れる場面には、熊のうなり声をゆっくりにした音が使われているそうです。生きものとしてのトラックが死ぬことを表すために。事实[1]

结局·真相結末側の読み解き点击展开

劇場の大きな音で、この場面の低いうなりを聞くと、客席の椅子ごと体が揺れます。一周目は、派手な場面の音だと思っていました。二周目は、一頭の生きものが倒れる音として聞こえて、私はそこで少し泣きました。鯨の声で走ってきたものが、最後は熊の声で倒れる。二周目は、リグの最初の音と最後の音を、耳で並べてみてください。解读

画面のまんなか

もう一つ、劇場で働く人間として気になったのが、画面の作り方です。ミラー監督は、速い編集のなかでも観る人が大事なところを探さずにすむように、それを画面の中央に置いて撮るよう、撮影監督のジョン・シールさんに頼んだそうです。事实[1]

それから、シールさんによれば、この映画の半分以上は、ふつうの速さで流れていません。何が起きているか分かりにくいところはゆっくりにし、分かりやすすぎるところは縮めたり速めたりしている。事实[1]

これを知ってから二周目を観ると、見え方が変わりました。客席の頭が、場面が変わるたびに、いっせいに同じ一点を向く。左右に探す人がほとんどいない。速い映画なのに、前の列の頭は思ったより静かでした。目がどこへ行けばいいかを、画面が先に決めてくれているからだと思います。二周目の私は、画面の端ではなく、まんなかの一点だけを追いかけるつもりで観ました。速さのわりに、疲れにくく感じました。作品中的观察

劇場で働いていると、映画は一秒に何コマで流れるもの、という感覚が体にしみついています。だから、速さが場面ごとに変わっていると知ったときは、少し驚きました。けれど、知ってから観直すと、あの映画の「速さ」は、時計の速さではなく、観る人の目が追いつける速さに合わせてあるように見えます。分からなければ待ってくれて、分かったら先へ行く。客席に合わせて息をしている映画だと思いました。解读

Hayate

それ、運転と同じです。速いときほど、見る場所は一つに絞ります。あちこち見ていると、手が遅れるので。……カートでいうと、コーナーの出口だけを見ている感じです。解读

Kagura

出口だけを見る。客席の頭がそろう理由が、ハヤテさんの言葉で分かった気がします。

ハヤテさんのたとえで、私の中で二つのことがつながりました。速い映画なのに疲れないのは、目の行き先が決まっているから。そして、客席の頭がそろうのも、同じ理由だということ。作り手が観る人の目の動きまで設計していると知ってから、私はこの映画の二周目を、半分は客席の頭を見るつもりで観ています。画面と客席を両方見られる席が、私は好きです。解读

若い兵士の席

二周目にずっと目で追っていた人がいます。最初にマックスを縛りつけた車を運転していた、兵士のニュークスです。一周目は、うるさく叫ぶ敵の一人として流れていくかもしれません。二周目の私は、彼がどの車の、どの席に乗っているかを場面ごとに追っていました。叫んでいる顔より、黙っている顔のほうが、あとになって効いてきます。一周目の私は、彼が黙る場面があったことすら、ほとんど覚えていませんでした。作品中的观察

中段为止中盤の展開点击展开

ニュークスはジョーに命じられてリグに乗りこみますが、うまくいかず、ジョーに見放されたかたちになります。そんな彼に、妻たちの一人ケイパブルが寄りそう。そこからニュークスは、フュリオサたちの側に加わっていきます。事实[1]

Hayate

ニュークスは、最初は自分の車で追いかける側でした。二周目は、彼がどの車のどこに乗っているかだけで、気持ちの動きが分かります。解读

Kagura

乗っている場所で、気持ちが分かる。劇場でいうと、客席に座っていた人が、ある日から受付の側に立つようなものでしょうか。私も、立つ場所が変わって、見える景色がずいぶん変わりました。解读

Hayate

……はい。座る場所が変わると、見えるものも、気にするものも変わります。

结局·真相結末の展開点击展开

最後、ニュークスは峡谷でリグを自分の手で横転させて道をふさぎ、追ってくるジョーの軍勢を止めます。そこで命を落とします。事实[1]

结局·真相結末の読み解き点击展开

はじめは他人の血をもらって走っていた若い兵士が、最後は自分で止める場所を決めて、仲間の戻る道をふさがせないようにする。ニュークスが初めてリグに乗りこむ場面と、最後にリグを倒す場面を並べると、同じリグの上で、まるで逆のことをしています。さっきの鯨と熊の音の話も、ここで重なります。解读

Hayate

車を止めるのは、走らせるより難しいです。止める場所を、先に決めておかないといけないので。解读

砂漠のなかほどで

二周目にいちばん見てほしいのは、物語のなかほどで、一行が足を止めて話し合う場面です。一周目は、前へ前へ走りつづける映画だと思って観ていました。二周目は、そこで誰が何を言い出すのかを待ちながら観ていました。作品中的观察

中段为止中盤の展開点击展开

フュリオサが目指していたのは、自分が生まれ育った「緑の地」でした。たどり着いた先で、昔の仲間の女たちに出会えたものの、緑の地はもう失われていると知らされ、フュリオサは激しく嘆きます。一行は、それでも行くあてのない遠くへ向かおうとする。そこでマックスが、シタデルへ引き返そうと言いだします。主が出払った砦には、水も、作物もある。事实[1]

この場面には、種を持ち歩いている年配の女性も出てきます。事实[1]

二周目は、この女性のそばにいる人にも目が行きました。妻たちの一人、ダグが、この女性と近しくなっていきます。種を持ち歩く人と、これからを考える人。追いかけっこの映画の真ん中に、少しだけ、この先の暮らしの話が置いてあるように見えました。解读

Hayate

そこ、一周目は飛ばしそうになりました。車が出てこないので。でも二周目は、ちゃんと観ます。

Kagura

劇場でも、あの場面は客席の音がいちばん小さくなります。ポップコーンの手も止まる。大きな映画の中の、小さい場面ほど、客席はよく聞いているんです。作品中的观察

Hayate

どこまで行くかを決めるより、どこで止まるかを決めるほうが、ずっと難しいと思います。止まるのは、遅いことじゃないです。解读

Kagura

止まるのは、負けたように見えますもんね。

Hayate

負けではないです。止まらないと、次にどっちへ行くかを選べないので。解读

中段为止中盤の読み解き点击展开

二周目に観ると、この映画の形がここで見えてきます。行きの話だと思っていたものは、帰りの話でもあった。目指していた緑の地は、もうない。そのかわりに、水と作物のある場所は、自分たちが逃げてきたほうにある。逃げるために走ってきた道を、こんどは取り戻すために走る。

種を持ち歩く人がいる、という細部も、二周目には大きく見えます。土地を失っても、種があれば、どこかでまた始められる。ではどこで始めるのか、という問いに、一行は自分たちの来た道で答えを出します。解读

劇場の仕事でも、いちばん難しいのは、進めることより止める判断です。上映の予定を組むときも、続けるより、切り上げる回を決めるほうがずっと迷う。この場面を観るたびに、私はその迷いを思い出します。二周目の客席でも、ここでは前の列の頭がしばらく動きませんでした。みんな、自分ならどうするかを考えていたのだと思います。喜好

Hayate

一周目は、僕も、ここで止まるのはもったいないと思いました。ここまで来たのに、って。二周目は、ここで止まれたから、あとの全部があるんだと思いました。喜好

旅の終わり

最後は、旅の終わりです。二周目の私は、追いかけっこの勝ち負けより、誰がどこに座っているかが気になりました。作品中的观察

结局·真相結末側の展開点击展开

旅の途中で、妻たちのリーダー格だったスプレンディドが、走るリグから落ちて命を落とします。事实[1]

Hayate

あの場面は、二周目のほうがつらかったです。どこで起きるか分かっているので、その前から手に力が入りました。喜好

劇場でこの終わりを観ると、客席がいちばん静かになるのは、追いかけっこの山場ではなく、いちばん最後の短い時間でした。大きな音が止んで、人の声と足音だけになる。二周目は、音が止む瞬間を待ってみてください。大きな音が全部やんだところで、この映画はやっと息をつきます。作品中的观察

结局·真相結末点击展开

引き返したリグに、ジョーの軍勢が追いつき、戦いのなかで犠牲が出ます。深い傷を負ったフュリオサがジョーと向き合い、ジョーを倒す。ニュークスが峡谷で追っ手を止め、マックスがフュリオサの命をつなぐ。一行がシタデルに戻ると、ジョーの支配から解かれた人々が、フュリオサを迎えます。マックスは、フュリオサと目を合わせたあと、人の流れのなかへ消えていきます。事实[1]

结局·真相結末の読み解き点击展开

はじめに砦から無理やり連れ出された男が、最後は自分から砦を離れていく。縛りつけられて運ばれていた人が、自分で行き先を決めて出ていく。二周目は、冒頭でマックスが砦に連れこまれる場面と、最後に人の流れに逆らって去る場面を、続けて観てください。同じ砦の、入り方と出方の違いが、この映画のいちばん大きな伏線と回収に見えました。

それから、旅の途中で命を落とした人のことも。行きの車に乗っていた全員が、帰りの車に乗っているわけではありません。リグに乗っている人の顔ぶれを場面ごとに数えていくと、誰がいて、誰がいなくなったかが分かって、最後に砦へ戻る場面の重さが変わりました。解读

Hayate

最後の数秒のマックスの向きを、二周目はちゃんと見ます。……一周目、僕はあそこで少し安心したので。有依据的推测

Kagura

安心した、ですか。私は最後の数秒、毎回客席のほうばかり見ていたので、次はそこを確かめます。

二周目の最初の一か所

ここまでの話を、展開を伏せたまま短く並べ直すと、こうなります。最初のしばらく、マックスがハンドルを握っていないこと。リグに誰がどの順番で乗りこむか。リグが映るたびの、エンジンの音の奥。画面のまんなかの一点。ニュークスが乗っている車と席。そして、一行が足を止めて話し合う場面で、誰が最初に口を開くか。作品中的观察

音の大きな映画が苦手な人にこの作品の話をするとき、私はいつも、二周目は音を味方にできる、と言っています。一周目は、どこで何が爆発するか分からないから、音が怖い。二周目は、どこで鳴るかを知っているから、鳴る前に身構えられる。そのぶん、鳴っている音の中身を聞く余裕ができます。鯨の声に気づいたのも、私の場合は、その余裕ができてからでした。喜好

家で観るなら、低い音がよく出るヘッドホンを使うと、リグの声の奥まで聞き取りやすくなりました。劇場では、客席の頭がいっせいに同じ一点を向くのを見るのが、私は好きです。その光景が、この映画の作り方そのものに見えるからです。喜好

Hayate

二周目は、フュリオサの運転席の手もとを見てみます。どこに何を付けてあるのか、知りたいので。

Kagura

止まるところが記憶に残る、とハヤテさんが最初に言っていたの、最後まで話してやっと分かりました。大事な話し合いのいくつかは、車が止まっているときでした。二周目は、止まっている時間のほうを長く感じながら観てみます。解读

Hayate

はい。止まっているときに、次にどっちへ走るかを決めているので。解读

Kagura

じゃあ私は、その横で音を聞いています。……私も、もう一回観ます。

最初の数分、ハンドルを握っていないマックスを見てから先へ進むと、この映画は、他人の車に縛られていた人たちが、自分で止まる場所を選び直していく話だと、二周目にははっきり分かります。

本文中的作品

讲述者 Kagura 守护熄灯那一秒的影城副经理 阅读更多 Kagura 的文章 →

接着读

全部文章

返回顶部