夜の十二時すぎ、いつものFPSの試合が終わったあと。ボイスチャットをつないだまま、レイがぽつりと聞きました。「エマ、作品に助けられたって思ったこと、ある?」。エマが話し始めたのは、言葉の通じない街で過ごした小学生のころのこと。支えになったのは『タンタンの冒険』です。作品の展開には触れていません。
明るい転校生のやり方
あるよ。……え、今それ聞く? 試合の反省会じゃなくて?
反省会は明日でいい。今日は、エマの話。
うーん、じゃあ。うち、親の仕事で数年おきに国を移ってたの。転校するたびに、私には決まったやり方があった。初日に、とにかく明るくする。大きい声で、知ってる単語を全部使って、笑う。そうすると、だいたい一週間で誰かが話しかけてくれる。
それ、毎回できたの。
英語の街では、できた。でも、フランス語の街に移ったときは、だめだった。知ってる単語が、ほんとうに十個くらいしかなくて。大きい声で言える言葉が、もうなかったの。
午後三時半の校門
授業はほとんど分からない。休み時間は、みんなの早口の輪の外で、笑ってるふりをしてた。いちばんつらかったのは、帰りの時間。午後三時半に校門の前で迎えを待つあいだ、みんなは友達とおしゃべりしてて、私だけ黙って壁を見てた。毎日、二十分くらい。
二十分は長い。
長かった。家に帰ると、まだ段ボールが積んである部屋で、夜九時くらいまでベッドの上で天井を見てた。親には「楽しいよ」って言ってた。明るい転校生のやり方、家でもやってたの。いま思うと、ちょっと疲れてたね。
親には、言わなかったんだ。
言えなかった。親も新しい職場で大変そうだったし、引っ越しを決めたのは仕事のせいで、親のせいじゃないって分かってたから。夕飯のときは、学校で覚えた単語を一個だけ発表するのが、うちの決まりだったの。毎晩「今日はこれ覚えた!」って明るく言って、部屋に戻ると、また天井を見てた。
……エマらしい。でも、それは疲れる。
……エマが疲れてるところ、あんまり想像できなかった。いつもテンション高いから。
高い日はほんとに高いよ! でも、低い日はすごく低い。たぶん、その差の作り方を覚えたのが、あのころ。
字が読めないのに、読めた
ある日、休み時間に逃げこんだ図書室で、大きな判型の漫画を一冊抜いたの。それが『タンタンの冒険』。吹き出しのフランス語はほとんど読めないのに、話が分かった。誰が怒ってて、誰が困ってて、次にどこへ走るのか、全部絵に描いてあったから。
公式サイトの年表によると、タンタンと犬のスノーウィが「生まれた」のは1929年1月10日。子ども向けの週刊付録『ル・プチ・ヴァンティエム』でのことでした。事实[1]
最後のページまで行けたとき、すごくびっくりした。この街に来てから、何かを最後までちゃんと分かったのって、それが初めてだったから。私、まだ全部だめになったわけじゃないんだって思えた。
ここから私の解釈。それ、作品がエマを助けたっていうより、エマが自分にもできることを、作品の中で見つけたんだと思う。解读
……うん。そうかも。レイ、たまにすごく正確なこと言うね。
私も、子どものころの撮影の待ち時間は、ずっと漫画を読んでた。話しかけられないように。
逆だね。私は、話しかけてほしくて読んでた。……でも、どっちも、漫画が居場所だったのは同じかも。
うん。同じ。
「それ、なに?」と聞かれた日
それから毎日、図書室でタンタンを借りて、ノートに描き写した。言葉の練習じゃなくて、線の練習。タンタンの線って、迷いがないの。影でごまかさないから、真似するとすぐばれる。何回も描き直した。解读
それで。
二週間くらいたった日の休み時間。隣の席の子が、私のノートをのぞいて、「それ、なに?」って聞いたの。フランス語で。私がいつも転校先で最初に覚える言葉を、今度は向こうが私に言った。
答えられる単語はなかったから、黙って次のページを見せた。走ってる白い犬。そしたら、その子が笑って、自分の好きな巻の話を始めた。早口で、半分も分からなかったけど、私も笑ってた。ふりじゃなくて。
言葉の前に、絵が届いた。解读
そう。大きい声を出さなくても、話しかけてもらえることがあるんだって知った。明るい転校生のやり方以外にも、道はあった。
道場の礼と、ノートの線
その街で、空手も始めたの。どの国に引っ越しても続けられる習いごとを、って親と決めて。最初の稽古の日、先生の言ってることはやっぱり分からなかった。でも、礼の仕方と型の順番は、見ていれば分かった。
タンタンと同じだ。
そう! 言葉が分からなくても、形は読める。図書室で線を読んで、道場で型を読んで、教室でノートを見せる。あの街で、私は言葉より先に、形で話す方法を三つ覚えたの。黒帯は、その積み重ね。
エマの「Nice」も、そのころから?
それはもっとあと! いろんな国の言葉が混ざって、気づいたら出るようになってた。テンションが上がると、いちばん短い言葉が勝つの。
それからは、引っ越すたびに、最初の一週間はノートに何か描くことにしてた。新しい教室の窓とか、校門の木とか。誰かが「それ、なに?」って聞いてくれるのを待つの。だいたい、誰か聞いてくれる。
いまも、やってる?
やってる。インターン先のイベントの日も、始まる前に会場をスケッチブックに一枚描く。通訳の仕事って、言葉が出てこなくなる瞬間が絶対あるから、その前に一回、線で場所を覚えておくの。レイと会ったイベントの日も、描いてたよ。
知ってる。それで声かけた。……衣装の話は、また今度。
えー、そこで持ってくる!? ……でも、そっか。あのときも絵が先だったんだ。
エマ、たまに急にログインしない日があるけど、その日も何か描いてる?
あはは、どうだろ。描いてる日もあるかもね。……さ、もう一試合だけやる?
新しい場所で、言葉が出てこない日はあります。そういう日は、無理に大きな声を出さなくてもいいのかもしれません。好きな絵や、好きな一冊を手元に置いておくと、それが誰かの「それ、なに?」を連れてきてくれることがあります。解读
言葉が出ない日は、線で話せばいい。誰かの「それ、なに?」は、たいてい少し遅れてやってくる。