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日常

ザクの雨筋は上から引く

剧透范围 无剧透 『機動戦士ガンダム』に出てくる量産型のモビルスーツ「ザク」の基本の設定(敵側の主力の量産機で、同じ型が何機も出てくること)まで。物語の展開には触れません

十月の土曜、模型店の奥の貸し作業台。敵の機体ばかり作るタカシは、汚しを入れたザクを箱から出して、ユナに見てもらった。ユナは言葉より先に筆を取り、プラ板の切れ端の上で、流れの向きを一本ずつ引いてみせる。

适合这样的人
汚し塗装をしてみたのに、どうしても「描いた汚れ」に見えてしまう人へ。年の離れた相手に、まっすぐ物を教わってみたい人にも。
发言的人
Yuna × Takashi
工作中 模型店の奥の、時間貸しの作業スペース(塗装ブースが二つ並ぶ長机) 十月の土曜、午後一時から四時ごろ

土曜の午後一時。模型店の奥の作業スペースには、換気扇の低いうなりだけが響いていた。タカシは約束の十分前に着いて、長机の端に新聞紙を敷き、その上に箱を一つ置いた。作業着の胸ポケットには、いつもの手帳とペンが差してある。

この作業台で、二人は何度か隣り合わせになったことがある。先週、タカシが帰りぎわに、ためらいながら声をかけた。汚しの塗り方を、一度見ていただけないでしょうか。ユナの返事は短かった。いいよ、土曜に持ってきて。

一時ちょうどに、ユナが工具箱を提げて入ってきた。上着の袖には、どこかで飛んだ錆色の点がいくつも散っている。年上のタカシを前にしても、口調はいつもの店先と同じだった。

Yuna

おつかれー。それ? 開けていい?

Takashi

はい。お休みの日に、お時間をいただいてすみません。こちらです。

箱の中には、緑に塗ったザクが一機、緩衝材にくるまれていた。脚から腰にかけて、茶色の筋が何本も入っている。丁寧な仕事だった。丁寧すぎるくらいに。

Takashi

資料を見ながら、汚れを足してみたんです。ところが、何度見ても、あとから描き足した模様にしか見えなくて。どこが違うのか、自分では分からないんです。

ユナは返事をしなかった。ザクを手のひらに載せ、天井の照明の下で、ゆっくり回す。脚の裏をのぞき、肩の角を親指でなでて、もう一度正面に戻した。タカシは手帳を開いたまま、息をひそめて待った。

Yuna

タカシさん、筆、下から上に動かしたでしょ。

Takashi

……はい。下のほうがよく汚れるはずなので、足元から始めて、上へ。

Yuna

始める場所はそれで合ってるよ。でもさ、雨とか砂ぼこりって、空から落ちてきて、上から下へ流れてくじゃん。筆の向きが逆だと、筋の太いほうが下に来て、細いほうが上で終わる。だから、流れてきた汚れじゃなくて、誰かが描いた線に見えちゃうの。

タカシのペンが止まった。それから、手帳の新しいページの一行目に、ゆっくりと書きつけた。流れは上から。

Yuna

口で言うより、やったほうが早い。ちょっと待ってて。

ユナは自分の工具箱から、プラ板の切れ端を一枚出した。ふだんは塗料の試し塗りに使っている、しおりほどの大きさの板だ。そこに薄い灰色を吹いて、乾くのを待つあいだに、筆先に茶色をほんの少しだけ含ませた。余分な色は、ティッシュでしつこいくらいに落とす。

筆を板の上の端に当てる。すっと下ろす。途中で力を抜いて、筆を板から離す。それだけの動きを、間を空けて五回くり返した。上は濃く、下へ行くほど細くかすれて、最後は板の色に溶けていく筋が五本並んだ。

Takashi

同じ茶色なのに、まるで別の色に見えますね。

Yuna

でしょ。上で色を置いて、下で手を抜く。汚れって、最後は消えてくもんだから。消えてくところまで描くと、描いた感じがなくなるんだよ。

Takashi

一本、引かせていただいてもいいですか。

ユナが板と筆を差し出す。タカシは筆を握りしめるように持ち、上から下へ一気に引いた。筋は最後まで同じ太さで、板の下の縁まで茶色が届いてしまった。二本目は、ユナが黙って指さした筆の持ち方をまねて、少し軽く握る。途中で力を抜くと、筋の先がかすれて、灰色の中に消えた。

Yuna

それ。いまのは、ちゃんと空から降ってきた。

Takashi

握りすぎていました。力を抜いたところに、汚れが生まれる。

Takashi

では、足元の汚れも、上から下へ引けばよいのでしょうか。

Yuna

そこは逆。足元の泥は、地面から跳ね上がってくるでしょ。だから膝から下だけは、下から上に、ぽんぽんって叩くみたいにのせる。上から降ってくるものと、下から跳ねてくるもの。向きが二つあるって気づいてから、あたしはだいぶ外さなくなった。

タカシは手帳に矢印を二つ書いた。下向きの長い矢印と、上向きの短い矢印。その横に、小さく「跳ね」と添える。ユナはそれをのぞきこんで、ちょっと笑った。

Yuna

メモ、きれいすぎ。あたしのメモ、たぶん本人しか読めないよ。

Takashi

書いておかないと、帰り道で半分忘れてしまうんです。聞いたつもりで何も残っていない、ということが多い人間でして。

Takashi

ユナさんは、この向きをどこで覚えたのですか。

Yuna

あたしも最初は、タカシさんと同じことやってたよ。で、ある日、駅の看板の下に雨の筋がついてるのを見て、あ、上が濃いんだって気づいた。それから雨の次の日は、団地の壁とか、ガードレールとか、エアコンの室外機ばっかり見て歩いてる。だいたい答えがそこに書いてあるから。

Takashi

答えは、外の壁に。明日の朝は、会社の前の雨どいの下を見てみます。

ユナはもう一枚、別の切れ端を出した。今度は板の端を、ザクの肩に見立てて、角の部分だけを細い筆でなでる。色がのるのは角のほんの縁だけで、平らなところには何も残らない。

Yuna

角はね、ぶつかったり、こすれたりで、塗装がはげて下の色が出てくるとこ。ここは、ちょっとだけ明るくする。……ちょっと待って、いま乾く前。

そう言ったきり、ユナは黙った。筆を持つ手首は動かさず、指先だけで線を引いている。爪は、その週に塗っている機体に合わせた錆色だった。タカシは何かを聞きかけて、口を閉じた。換気扇の音と、筆が板をこする小さな音だけが、しばらく続いた。

Yuna

……はい、乾いた。で、なんだっけ。

Takashi

いえ、見ていただけで十分でした。ユナさんは、筆を持つと別の方になりますね。

Yuna

よく言われる。しゃべりながらだと、線がぶれるの。

ユナはタカシのザクをもう一度手に取って、肩のスパイクの根元を指さした。

Yuna

前から聞きたかったんだけどさ、タカシさんって、なんでいつも敵の側ばっかり作んの。ザクとか、ほかにもいっぱいいるやつでしょ。

Takashi

ええ。ザクは、敵の側のジオン公国軍の主力の量産機で、作中には同じ型が何機も出てきます。そういう機体のほうが、どうしても気になってしまうんです。[1]

Takashi

ザクは、たくさん作られた兵器として描かれていて、乗っているのは軍の兵士たちです。名前も、ありふれた雑兵、という意味の言葉からつけられたと聞きました。[1]

Takashi

名前の残らない人が乗る機体の、帰り道を想像してしまうんです。……すみません、話が大きくなりました。

Yuna

ううん、それ、すごい分かる。同じ形が何機もいるならさ、どの一機かを決めるのって、汚れなんだよ。どこを歩いてきて、どこで雨に降られたか。汚しを入れた瞬間に、その子だけのザクになる。

Takashi

……その子だけの、ですか。

Yuna

そう。タカシさんのは、いま、みんな同じ日に同じ汚れ方をしてる感じ。だから、ちょっと描いた模様に見えるのかも。

タカシはしばらく黙って、箱の中のザクを見ていた。それから手帳に、もう一行書き足した。一機ずつ、違う天気。

Takashi

家にあるものを、全部やり直したくなってきました。

Yuna

あたしは全部いっぺんにやろうとすると、だいたい途中で嫌になっちゃうんだよね。だから最初は一機だけにしてる。いちばん気に入ってるやつを、一機だけ上から。

Takashi

おっしゃる通りです。私も会社で、一度に全部を変えようとして、現場をすっかり疲れさせてしまいました。一か所ずつ、ですね。

Yuna

模型も一緒。全部いっぺんに汚すと、どれもおんなじ天気になっちゃうから。

Takashi

一機だけ。分かりました。今度の日曜にやってみます。

帰りぎわ、ユナは試し塗りのプラ板を二枚、タカシの手帳のあいだに挟んだ。いいよ、それ見本にして。タカシは礼を言って、それが曲がらないように、手帳を両手で胸ポケットに戻した。

次の日曜の朝。タカシは書斎の机に新聞紙を広げ、棚に並んだ敵の機体の中から、ザクを一機だけ選んだ。ユナの板を横に立てかけ、筆の先の色をティッシュで落とし、肩の上から、すっと下ろす。途中で力を抜く。膝から下だけは、下から叩く。

昼すぎ、塗り終えた一機を棚に戻した。隣に並ぶほかのザクと、形は同じだった。ただ、その一機だけが、どこかから雨の中を歩いて帰ってきたように見えた。タカシは眼鏡のつるを中指で押し上げ、手帳の矢印の横に、今日の日付を小さく書き入れた。

本文中的作品

讲述者 Yuna 一层层涂上泥与锈的街头风模型师 阅读更多 Yuna 的文章 →

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