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日常

兄がリップを塗られた帰り道

剧透范围 无剧透 『きみはペット』は、漫画の紹介文にある物語の始まりの設定(主人公が青年をペットとして住まわせることになる)まで。展開と結末には触れません

土曜の夕方、ダンス教室の前。妹を迎えに来ただけのソウマは、ミサ先生に背中を直され、唇を心配され、コロッケを持たされる。本人たちは平然としていて、後ろを歩くアカリの心臓だけが忙しい。

适合这样的人
誰かと誰かのやりとりを横で見ていて、なぜか自分だけ心拍数が上がったことのある人へ。
发言的人
Akari × Souma × Misa
回家路上 ダンス教室の前から駅までの商店街 土曜の夕方

レッスンが終わってスタジオの扉を開けると、ガードレールに兄がもたれていた。片手にコンビニの袋。アカリの好きなパンが、袋の上から透けて見える。

Akari

……なんでいるの。

Souma

……別に。通りかかっただけ。

ここは兄の大学からも家からも、まったく通り道ではない。来週は発表会だ。アカリが緊張している週になると、兄はいつもこうして、好物を持って黙って現れる。

そのとき、背中のほうで扉がもう一度開いた。

Misa

アカリ、タオル忘れてる。……あら。あなたがお兄さん?

Souma

……どうも。妹がお世話になってます。

ミサ先生は、兄を頭のてっぺんから靴の先まで、ゆっくり一往復見た。レッスンで新しい生徒の立ち姿を見るときと、同じ目だった。

Misa

肩が前に落ちてる。それと、唇が割れてる。寝てないでしょ。

Souma

……平気です。

Misa

平気な人の唇じゃないの。はい、これ。新しいのだから、あげる。

ミサ先生は鞄からリップクリームを出して、兄の手に握らせた。兄は三秒ほどそれを見つめてから、言われたとおりに塗った。

アカリの心臓が、さっきのレッスンの最後の通しより速くなった。

Misa

駅まで一緒に行きましょ。私も買い物があるの。……ほら、背中。定規が一本入ってると思って歩いて。

ミサ先生が、兄の背中の真ん中を指先で一度だけ押した。兄の背筋が、音がしそうなほどまっすぐになった。アカリは、二人の二歩うしろを歩くことにした。

回家路上 商店街のドラッグストア 五分後

ミサ先生の「買い物」は、ドラッグストアのハンドクリームの棚の前で始まった。先生は迷わず三本を手に取り、兄の手の甲に、順番に少しずつ塗った。

Misa

どれがいい? 香りで選んでいいわよ。

Souma

……どれでも。

Misa

どれでもいい人はいないの。選びなさい。

Souma

……じゃあ、いちばん匂いの薄いやつ。

Misa

正解。あなた、強い香りは似合わない顔してる。

アカリは棚の陰から、二人の手元を見ていた。兄の手の甲に、先生の指が三回触れた。三回とも、兄の表情は一ミリも変わらなかった。変わったのは、アカリの耳の温度だけだった。

Misa

で、あなたは普段なに観てるの。アカリから、本ばっかり読んでるって聞いたけど。

Souma

アニメを、一話ずつ。……長い映画は、途中で止めちゃうんで。

Misa

二時間がだめなの? 私が観てる韓国のドラマなんて、一話で一時間あるわよ。それが十何話。

Souma

……一話ずつなら、たぶん。区切りがあれば、いける。

Misa

じゃあ今度、一話目だけ貸してあげる。最初の一話で、主人公の立ち方が変わる瞬間があるの。脚本がどうとか、あなたなら私より細かく言えるでしょ。

Souma

……言えるかもしれません。

貸してあげる。今度。アカリの頭の中で、その二つの言葉だけが大きな字幕になって流れた。

回家路上 商店街の肉屋の前 さらに五分後

十分のあいだに、兄の手の中のものは増えていった。いちばん匂いの薄いハンドクリーム。肌が乾いていると言われて渡された、豆乳の小さなパック。そしていま、肉屋の店先で揚がったばかりのコロッケ。

Misa

ちゃんと食べてないでしょ。熱いうちに。

Souma

……どうも。

Misa

それと、寝ぐせ。

ミサ先生の手が、兄の後ろ頭のはねた髪を、二回なでつけた。兄はコロッケを持ったまま動かない。アカリは、自分の口が少し開いていることに気づいて閉じた。

Souma

……寝ぐせです。

Misa

知ってる。だから直してるの。

これは、あれだ。アカリは先月の更衣室を思い出していた。ミサ先生が着替えも途中のまま、三十分しゃべり続けた映画の話。

あとで家に帰って、題名だけ調べた。韓国の映画で、チャン・グンソクとキム・ハヌルが出ている。元は日本の漫画で、作者は小川彌生。仕事のできる女の人が、家の前の段ボールに転がっていた青年を見つけて、ペットとして一緒に暮らそうと持ちかける。青年はそれを、あっさり受け入れる。

兄は段ボールには入っていない。入っていないけれど、いまリップを塗られて、背中を押されて、コロッケを持たされて、寝ぐせを直されている。しかも、何ひとつ断っていない。

Akari

……先生。

Misa

なに?

Akari

お兄ちゃんを、飼わないでください。

ミサ先生は一瞬きょとんとして、それから商店街じゅうに聞こえる声で笑った。肉屋のおじさんまで顔を上げた。

Misa

飼う? 私が? ……ああ、『きみはペット』ね。あなた、あれ観たの?

Akari

観てない。先生が更衣室で三十分しゃべってたから、どういう話か調べただけ。

Souma

……題名の「きみ」、ひらがななんだよ。漢字で「君」って書くと、もう少し命令っぽく見える。ひらがなだと、呼びかけてるだけに聞こえる。

Akari

いま、そこ?

Souma

そこだろ。題名は最初の一行だから。

Misa

さすが文学部。……あれはね、飼う話に見えて、外ではしっかりしてる大人が、弱いところを誰かに預ける話よ。私はそう観たの。だから飼う側のほうが、よっぽど危なっかしいの。

Akari

じゃあ、なんでお兄ちゃんにこんなにいろいろ……。

ミサ先生は、兄の背中をもう一度見た。さっきより少しだけ、声がやわらかくなった。

Misa

背中がね、うちの子に似てるのよ。丸いところが。うちの子も若いころ、何回言っても直らなかった。そういう背中を見ると、手が先に出るの。癖ね。

Souma

……俺、息子の枠だったんですか。

Misa

どっちでもないわよ。あなたはアカリのお兄さん。それ以上でも以下でもないの。リップは返さなくていいけど。

アカリの肩から、何かがすとんと落ちた。落ちてから、自分がずっと肩に力を入れていたことに気づいた。

Souma

……アカリ、顔赤いぞ。

Akari

レッスンのせい。

Souma

レッスン、とっくに終わってるだろ。

Akari

……コロッケのせい。

Misa

半分あげなさい、お兄さん。妹のほうが今日はよく動いたんだから。

兄は黙ってコロッケを半分に割り、大きいほうをアカリに渡した。揚げたての衣が、さくりと鳴った。食べているあいだだけ、アカリは何も考えずにすんだ。

回家路上 駅の改札の前 日が沈むころ
Misa

アカリ。来週は、強く踊るのよ。可愛く見せなくていい。あなたのいちばん強い一拍を、私はいちばん前で見てるから。

Akari

……はい。

兄が、ずっと持っていたコンビニの袋を、黙ってアカリの手に押しつけた。

Souma

……これ。本番の朝に食えば。

Misa

あら、いいお兄さん。

Souma

……別に。

ミサ先生は手を振って、反対側のホームへ歩いていった。背中がまっすぐなまま、人の流れの中でも一人だけ姿勢が違って見えた。

Souma

あの人が通ったあと、空気まで背筋が伸びてる気がする。……柄じゃなかった。取り消す。

Akari

忘れない。

聊天 アカリとソウマのトーク その夜

リップ塗った?

已读
Akari
Souma

塗った

ハンドクリームも?

已读
Akari
Souma

……塗った

しつけられてる

已读
Akari
Souma

されてない 背中まっすぐで歩いたら、駅が近かった。それだけ

今日、私だけずっとドキドキしてた。損した

已读
Akari
Souma

何に

(表情贴图:猫が目をそらしている)

已读
Akari
Souma

発表会、行く パンは当日も買っていく

アカリはスマホを伏せて、袋の中のパンを一つだけ、本番の朝のために冷蔵庫の奥へしまった。兄の背中のことは、もう心配しないことにした。たぶん来週も、少しだけまっすぐになっている。

讲述者 Akari 坚守自己原则的Jump派 阅读更多 Akari 的文章 →

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