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日常

聖地巡礼は十四か所のうち四か所

剧透范围 无剧透 『宇宙よりも遠い場所』は、第1話の出だしと、序盤で仲間が集まり南極を目指すことになるという紹介の範囲まで。南極行きの展開と結末には触れません

『宇宙よりも遠い場所』の舞台、群馬県館林市へ日帰りの旅。ハルの手帳には行きたい場所が十四か所、ナギの今日の体力は三か所ぶん。しょっぱいおにぎりと、帰り道の欄で一時間まちがえた時刻表。

适合这样的人
旅の計画を立てるのが好きな人へ。計画の半分も回れなかった日を、まだ少し気にしている人にも。
发言的人
Haru × Nagi
圣地巡礼 群馬県館林市(『宇宙よりも遠い場所』の舞台) 土曜の朝から夕方まで

朝の九時四十分。館林の駅前で、ハルは手帳を広げていた。見開き二ページに、行きたい場所が十四か所。矢印と時刻がびっしり書きこまれ、右下には赤いペンで「全部回る!」とある。

改札を出てきたナギは、手帳をのぞきこんで、それから肩の水筒をかけ直した。

Haru

おはよう! ナギ、今日、どれくらい残ってる?

Nagi

おはよう。うーん……三か所ぶんくらい。

Haru

三! 十四のうちの三!

Nagi

そのかわり、三か所は全部ちゃんと見る。

ハルは手帳を見下ろして、三秒黙った。それから赤いペンのふたを外して、「全部回る!」の横に小さく「(ナギは三)」と書き足した。

Haru

じゃあ、残りの十一か所は、僕が歩きながら説明する。

Nagi

説明はしなくていいよ。歩きながら、ハルが好きなところだけ教えて。

Haru

好きなところだけだと、全部になる。

Nagi

じゃあ、いちばん好きなところだけ。

駅前のロータリーを抜けると、土曜の朝の町は静かだった。ハルは三歩ごとに振り返って、ナギがついてきているかを確かめた。

Nagi

ここが、宇宙よりも遠い場所の舞台なんだよね。

Haru

そう。主人公のキマリは、群馬に住んでる高校二年生。それで、この町は「訪れてみたいアニメ聖地」の八十八か所にも選ばれてるんだ。[1]

Nagi

八十八。お遍路みたい。

Haru

全部回ったら、何か起きるかな。

Nagi

足が痛くなると思う。

Haru

キマリはこのあと、同じ学校の子と出会って、いっしょに南極を目指すことになるんだ。その子は、南極に自分で行くって決めてる。[1]

Nagi

群馬から、南極。

Haru

遠いよね。タイトルどおり。

Haru

それに、主人公の四人が、この町のアニメアンバサダーになってるんだって。[1]

Nagi

町の顔になってるんだ。……ちょっと照れそう。

一か所目は、手帳の一番目に書いてあった場所だった。ハルは写真を十四枚撮り、ナギは一枚だけ撮った。

Haru

一枚でいいの?

Nagi

一枚目が好きだったから。

Haru

じゃあ、ナギも一枚入ってよ。キマリたちみたいに、四人並んで——

Nagi

二人しかいないよ。

Haru

……二人で、四人ぶんの幅をあけて立つ。

Nagi

それ、あとで見たら、ただ間があいてる写真だよ。

結局、撮ったのは、道に並んだ二人の影だった。影のあいだは、ちゃんと二人ぶんあいていた。ハルはその一枚を、今日いちばん長く見ていた。

二か所目へ向かう途中、ハルは、通りがかりのコンビニの前で足を止めた。看板をしばらく見上げてから、また歩き出す。

Nagi

いまの、何?

Haru

僕、三宅日向がいちばん好きなんだ。キマリがバイトを始めたコンビニで働いてた子。キマリと同い年なんだけど、高校をやめて働いてる。[1]

Haru

南極を目指す仲間に加わるんだよ。大学は目指す、でもそれより先に、何か大きいことをやりとげたいって。[1]

Nagi

コンビニを見ると、その子を思い出すんだ。

Haru

うん。明るいんだけど、明るさの奥に、何か置いてる感じがする。そこが好き。

Nagi

ハルが好きになる人って、だいたい、最初から主人公じゃない人だよね。

Haru

……そうかも。物語を前に進めるのって、主人公だけじゃないから。

Haru

僕、いちばん好きなのは、一話のはじめのほうで、キマリが学校をずる休みして、一人旅に出ようとするところなんだ。[1]

Nagi

旅に出るところが好きなの、ハルっぽい。

Haru

それがさ、出ないんだよ。怖くなって、途中であきらめて、学校に戻ってきちゃう。[1]

Nagi

あ、戻っちゃうんだ。

Haru

そう。最初に観たとき、僕、そこで一回止めたんだ。画面に向かって「行けよ!」って言っちゃって。でも何回も観てるうちに、戻ってくるところが好きになった。一回戻った人が、次にどうするかの話なんだと思う。

Nagi

私は、戻ってきたところで、もう好き。

Haru

え、そこで?

Nagi

うん。怖いって分かったまま、ちゃんと学校には行ったんでしょ。私、そっちのほうがえらいと思う日もある。

ハルは何か言いかけて、口を閉じた。前向きにまとめそうになったときの、いつもの顔だった。

Haru

……今の、僕だったら「次はがんばれた」で締めてた。

Nagi

締めなくていいよ。

Haru

締めないと、落ち着かないんだよ。

Nagi

落ち着かないままでも、お昼は来るよ。

十二時すぎ。三か所目のベンチで、ナギがリュックから包みを出した。アルミホイルのおにぎりが四つ。

Nagi

二つずつね。鮭と、昆布。

Haru

え、作ってきたの?

Nagi

朝、時間があったから。……ちょっと、塩が多いかも。

ハルはひと口かじって、そのまま動かなくなった。

Nagi

しょっぱかった?

Haru

しょっぱい。しょっぱいけど、そうじゃなくて。

Haru

僕、こういうのに弱いんだよ。誰かが朝のうちに、お弁当を用意してくれてた、っていう場面。戦うところより、そっちで泣くんだ。

Nagi

ここ、場面じゃなくて現実だよ。

Haru

現実だから、余計にだよ。

ナギは水筒のほうじ茶を、ふたのコップに注いでハルに渡した。ハルは二つ目のおにぎりを、一つ目よりゆっくり食べた。

Nagi

そういえば、ゆるキャン△とこの作品、一緒になったことがあるんだって。

Haru

え、ほんと?

Nagi

そらキャン△っていうコラボ。コミケの出版社のブースで、グッズが出たって。[1]

Haru

そらキャン! 名前がもう、いい。南極とキャンプ。

Nagi

たき火、南極でやったら怒られそう。

Haru

寒いのには強そうだけどね、どっちのチームも。

Nagi

私は、寒い日は寝袋から出ないチームに入る。

三か所目のベンチを立つとき、ハルはもう一度聞いた。

Haru

ナギ、あと何か所いけそう?

Nagi

……あと一か所なら、行けるかも。

Haru

ほんとに? 無理してない?

Nagi

無理してたら、ここで「帰る」って言ってる。

四か所目は、ハルの手帳では十一番目に書いてあった、大きな沼のほとりの遊歩道だった。ナギが「ここ」と指さしたのは、景色ではなく、ベンチだった。二人はそこで、何もしないで三十分座っていた。ハルは途中で二回、手帳を開きかけて、二回とも閉じた。

Haru

……ナギ、何もしないとき、何考えてるの?

Nagi

いまは、おにぎりの塩、次はどれくらいにしようかなって。

Haru

次も作ってくれるの?

Nagi

次の旅があればね。

Haru

ある。絶対ある。……あ、いや、ナギに残ってる日に。

Nagi

うん。それなら、ある。

四時半。ハルは手帳の最後のページを開いた。そこには「帰り道」という欄がある。前にゲンに「帰ってくるまでが冒険だぞ」と言われてから、旅の計画には必ずこの欄を作っている。

Haru

帰りの電車、四時五十二分。そろそろ駅に戻ろう。

ナギはスマートフォンで時刻を調べて、首をかしげた。

Nagi

ハル、次の電車、五時五十二分みたい。

Haru

え。

ハルは手帳と、ナギの画面を見比べた。手帳には、くっきりと「16:52」と書いてある。

Haru

……一時間、まちがえてた。よりによって、帰り道の欄で。

Nagi

帰り道の欄で。

Haru

ゲンさんに見せられない。

Nagi

じゃあ、この一時間は、なんにもしない時間ね。

二人は駅前まで戻って、ベンチに並んで座った。ナギは水筒に残ったほうじ茶を、半分ずつ分けた。日が傾いて、ロータリーに並んだタクシーの屋根が、順番に橙色になっていく。

駅前の通りの向こうで、小さな店がシャッターを半分だけ上げた。店先に、段ボールの箱に入った野菜が並びはじめる。夕方から開く八百屋らしかった。

Haru

あ。ああいう店、好きなんだ。夕方だけ開く店。

Nagi

手帳に書く?

Haru

書かない。覚えて帰る。帰り道で見つけたものは、書かないで覚えておくことにしてるんだ。

Nagi

じゃあ、私も覚えておく。白菜が、ひと玉だけ立ててあった。

Haru

そこ?

Nagi

そこ。

Haru

……十四か所のうち、四か所。

Nagi

三か所の予定が、四か所。

Haru

あ、そっちから数えるんだ。

Nagi

うん。私は今日、一個多く行けた。

ハルは手帳の「全部回る!」の文字を、しばらく眺めていた。それから、その下に一行書いた。

Nagi

なんて書いたの?

Haru

「四か所。残りの十か所は、また来る理由」。

Nagi

いいね。それ、締めてないもんね。

Haru

……締めてない?

Nagi

続いてる。

五時五十二分の電車は、時刻どおりに来た。座ったとたん、ナギは眠った。ハルは手帳を開いて、帰り道の欄の「16:52」を二重線で消し、「17:52」と書き直した。その横に、小さく書き足した。「一時間、得した」。

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