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日常

人の時代の夕方に開いている喫茶店

剧透范围 无剧透 漫画『ヨコハマ買い出し紀行』の始まりの設定(海の上がった近未来、岬の喫茶店をひとりで営むロボットの主人公、旅に出たままの店の持ち主、ヨコハマへの買い出し、配達の仕事をするもう一人のロボットとの出会い、近所の常連のおじさん)と、作者・連載・アニメ化の基本情報まで。登場人物のその後、持ち主の行方、物語の行き着く先には触れません

シリーズ『わたしだけの推し』。水曜の夕方、八百屋の前で会ったナギとハルが、一駅ぶんの道を歩く。ナギの紙袋には、古本屋の棚で一冊だけ見つけた漫画。海の近くでひとり喫茶店を営む、ロボットの女の人の話でした。

适合这样的人
重い話は苦手だけれど、少し不思議な世界をのぞいてみたい人へ。一話ずつ、ゆっくり読める漫画を探している人にも。
发言的人
Nagi × Haru
回家路上 商店街から一駅ぶんの、川沿いの道 十月の水曜、夕方

夕方だけ開く八百屋の前で、トマトを一つ買ったハルと、古本屋の紙袋を提げたナギが鉢合わせした。ハルが水曜の帰りに一駅ぶん歩くことを、ナギは知っている。今日はナギも、同じ方向だった。

Haru

ナギ! こっちで会うの、めずらしいね。

Nagi

古本屋の帰り。……一冊だけ、買っちゃった。

Haru

何の本?

Nagi

『ヨコハマ買い出し紀行』。漫画。……たぶん、ハルは知らないと思う。

Haru

知らない。……買い出しの話?

Nagi

半分くらいは、そう。私、題名の『買い出し』で手に取ったの。食べものの話かなって。

Haru

違ったの?

Nagi

主人公がね、ロボットの女の人なの。海の近くの岬で、ひとりで喫茶店をやってる。お店の持ち主は、旅に出たまま帰ってこない。[1]

Haru

ひとりで待ってる話? ちょっと寂しそう。

Nagi

そう思うでしょ。でも、寂しそうに見えないの。お店のコーヒー豆が切れそうになると、ヨコハマの町までスクーターを走らせる。買い出しの旅。それが題名なの。[1]

Haru

スクーターで買い出し。……それ、冒険じゃん。

Nagi

ハルは、なんでも冒険にするね。

Haru

だって、知らない町まで豆を買いに行くんでしょ? 冒険だよ。

ナギは少し笑って、紙袋の中の本の角を指でなぞった。

Nagi

世界のほうは、ちょっと変わってるの。海がだんだん上がってきて、人も減ってる。人の時代が、ゆっくり夕方になっていくみたいな。[1]

Haru

え、それ、すごく重い話じゃない?

Nagi

私もそう思って、最初は身構えた。重いのは、だめなほうだから。

Nagi

でも、誰も嘆いてないの。みんな静かに、ふつうに暮らしてる。……そこが、なんか好き。[2]

Haru

世界が終わりかけてるのに、ふつうに暮らしてる……。

Haru

……それって強さだよね。どんなときでも前を向いて――

Nagi

ハル。

Haru

……いまの、なし。

Nagi

前を向いてるのとも、ちょっと違うの。お店を開けて、お客さんが来たら話して、来ない日は、ひとりで過ごす。それだけ。

Haru

それだけ、なのに読むの?

Nagi

一話ずつ、誰かの毎日の一場面を描いてるの。だから私、一話読んだら一回本を閉じて、お茶を淹れる。[2]

Haru

一話だけ、ってナギがいつも言ってるやつだ。

Nagi

ふふ。この漫画は、それがしやすい漫画。

Nagi

最初に読んだのは日曜の夜。ホットミルクを温めて、ソファの端で一話だけ読んだの。マグを洗ってるあいだも、まだあのお店の中にいるみたいだった。音のしない漫画なのに、お湯の沸く音が聞こえたの。

Haru

マグを洗うまでが、一話なんだ。

Nagi

うん。そこまでで一話。

Haru

僕、水曜だけ一駅歩いてるでしょ。あれ、ちょっと似てるかもしれない。急いで帰らない日を、週に一日だけ作ってる。

Nagi

そっか。ハルの一駅ぶんが、この漫画の一話ぶんなのかも。

Haru

前はさ、机に『もっと早く』って書いた付箋を貼ってたんだ。いまは、何も書いてない付箋が一枚だけ。

Nagi

白いままなの?

Haru

白いまま。……何か書きたくなるんだけど、書かないでおいてる。

Nagi

その付箋、この漫画に似てる。説明しないで、置いてある。

Haru

ナギが、自分しか推してないって思うのはどうして?

Nagi

周りで読んでる人に、会ったことがないの。古本屋の棚でも、この一冊だけが、ほかの漫画のあいだに挟まってた。

Nagi

不思議なものも、ふつうに出てくるの。でも、それが何なのかは、最後まで説明されない。[1]

Haru

え、気にならない? 僕、絶対気になる。

Nagi

気になる。でも、分からないまま置いておけるの。分からないままでいいよ、って言われてる気がする。

Haru

分からないままでいい、か。……僕、それ、いちばん苦手かも。

Nagi

知ってる。

Haru

僕なら、たぶん持ち主を探しに行っちゃう。スクーターで。

Nagi

ハルはそうだと思う。……それも、ちゃんとした読み方だよ。

Haru

待つのも冒険、って言われたら、ちょっと分かる気がするけど。

Nagi

言ってないよ、そんなこと。

Haru

……うん。言ってなかった。

Nagi

主人公は、お店で月琴っていう楽器を弾いたり、魚の形の小物を彫ったりしてる。お客さんが来ない日も、手は止まってないの。[2]

Haru

楽器と、彫りもの。……自分の時間を、ちゃんと持ってる人だね。

Nagi

人っていうか、作中だと『ロボットの人』って呼ばれてるけど。[1]

Haru

ロボットの人。いい呼び方だね。

Nagi

近所にはガソリンスタンドのおじさんがいて、お店の常連さん。[2]

Nagi

それと、配達の仕事をしてる、もう一人のロボットの人が出てくるの。持ち主から届いたカメラを運んできて、それで二人が知り合う。[2]

Haru

友だちができるんだ!

Nagi

友だちになる。私、その二人がお店で話してるだけのページが好き。何も起きないのに、ずっと見ていられる。

Haru

常連さん、いいな。……ねえ、誰かのために何か用意する場面ってある? 僕、そういうのに弱くて。

Nagi

ある。……でも、言わない。ハルが自分で見つけたほうがいいと思う。

Haru

気になる!

Nagi

描いたのは、芦奈野ひとしさん。私が生まれる前に始まって、小学生のころまで続いた連載なの。[1]

『月刊アフタヌーン』(講談社)で1994年から2006年まで連載。単行本は全14巻

Haru

長いね! 全部読むのに、何日かかる?

Nagi

何日でもいいの。急がない。あとから出た新装版もあって、私は見つかったほうから読んでる。[2]

新装版は全10巻(2009〜2010年)

Haru

アニメにはなってないの?

Nagi

短いアニメが、二回作られてる。私はまだ、漫画のほうしか知らない。[2]

Haru

……ねえ、その一冊、読み終わったら貸してくれる?

Nagi

いいよ。でも、一日一話ね。

Haru

一日一話。……僕にできるかな。

Nagi

できなくてもいいよ。止まったら、そこで一回、お茶を淹れて。

一駅ぶんの道が終わって、駅の明かりが見えてきた。ハルはトマトの袋を持ち直して、何か言いかけて、やめた。

Nagi

駅、着いちゃった。……じゃあ私、帰ったら一話だけ読んで寝る。

ハルは手を振って、トマトの袋を揺らしながら改札へ向かった。ナギは紙袋から本を出して、表紙を一度だけ眺めて、またしまった。

本文中的作品

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