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日常

ドリンクバーで六時間、話がどんどん古くなる

剧透范围 含部分剧透 『機動戦士ガンダム』(1979年のテレビアニメ)第20話の展開と、ある登場人物の最期に、冒頭で触れます。ナギが来てからあとは、ネタバレはありません

約束の一時間半前から、ガンダムの話を始めていたタカシとガク。遅れずに来たナギの「いまの、何の話?」で、二人はようやく二千年さかのぼっていたことに気づく。紅茶のティーバッグは四回使われ、タカシの夜の一本が明かされた。

适合这样的人
ドリンクバーで何時間でも話してしまう人へ。好きなものの話になると、話がどんどん古くなる人にも。
发言的人
Takashi × Gaku × Nagi
家庭餐厅 国道沿いのファミレス、窓ぎわの四人席 日曜の昼前から夕方まで

十一時。約束は十二時半なのに、タカシとガクは一時間半前から座っていた。ガクの前にはメロンソーダ、タカシの前には、二回目のお湯を注いだ紅茶のティーバッグ。テーブルの真ん中に、取り皿だけが三枚並んでいる。

Takashi

……機動戦士ガンダム、第20話です、ガクさん。ここだけは譲れません。

Gaku

ランバ・ラルの回だね。

Takashi

はい。手元のモビルスーツは、ザクが一機だけになっていました。補充を頼んでも、マ・クベが間に入って、その策で握りつぶされたからです。それでも彼は斬り込み隊を編成する。白兵戦で艦を乗っ取るためです。[1]

Gaku

現場に資源が届かない組織の話だよね。食堂でいえば、仕入れの担当が隣の店との付き合いで野菜を止めちゃって、厨房は包丁一本で営業しろって言われるようなものだ。

Takashi

まさに。そして艦の中で、フラウ・ボゥと鉢合わせする。敵のはずの彼女に、拳銃を叩き落として、隠れているように促すんです。[1]

Takashi

ここなんです。子どもとは戦わない。私が小学生のとき、主役の機体より先に、敵の機体のプラモデルを作った理由が、ここなんです。

Gaku

タカシさん、声が三十歳くらい若くなってる。

Takashi

……失礼しました。続けます。最後に、ブライトたちがブリッジへ入ってきます。その目の前で、手榴弾を抱えて、そのまま外へ飛び降りるのです。[1]

Gaku

負けると分かっていて、負け方を選ぶ。……ああいう最期を見ると、僕は彼を一機のザクで戦わせた仕組みのほうを考えちゃうんだ。歴史を見ても、前線より会議室で決まった負けは、いくらでもあるから。

Takashi

会議室で決まった負け、でしたら、私はどうしても古代の……

話はそこから、なぜか二千年ほど前の地中海まで戻った。紙ナプキンに地図が描かれ、矢印が三本引かれ、紅茶が冷めた。

「お待たせしました」の声に、二人が顔を上げる。十二時半ちょうど。ナギが、少し首をかしげて立っていた。

Nagi

……いまの、何の話?

Gaku

あ、ナギさん。ええと、ガンダムの話から始まって……

Takashi

気づいたら、二千年ほどさかのぼっておりました。

Nagi

二千年。……あと、私が観てない作品の最後のほう、いま聞こえちゃった気がする。

Takashi

あっ。

Gaku

……ごめん。またやった。

Nagi

いいよ。たぶん観ないし。じゃあ、ここから先は、まだ観てない人がいる席ってことで。

Takashi

観ないと決めるのは、まだ早いのではないでしょうか。

Nagi

じゃあ、一話だけなら。

ナギはドリンクバーへ行き、温かいミルクにココアを半分だけ足して戻ってきた。ガクはメロンソーダにカルピスを足し、タカシは同じティーバッグで三回目に挑んでいる。

Nagi

タカシさん、それもう色ついてないですよ。

Takashi

二回目までは、許されると思っていたのですが。

Nagi

誰に?

Takashi

……誰にでしょう。

Nagi

ガンダムって、ごはんの場面、ありました?

Takashi

ごはん、ですか。

タカシは腕を組んで天井を見上げ、それからガクを見た。

Takashi

……何十年も観返してきて、食事の場面を一つも思い出せないことに、いま気づきました。

Gaku

僕もだ。誰が何を運んだかは言えるのに、誰が何を食べたかは言えない。

Nagi

じゃあ私、もし観るなら、ごはんの場面だけ数えながら観る。

Takashi

……それは、新しい観方です。いえ、本当に。

Gaku

補給線の先には、必ず誰かの食卓があるからね。……あ、また。

Nagi

いまのは、ちょっといい話だったから、いい。

Gaku

ナギさんは、このごろ何観てるの?

Nagi

ゆるキャン△を、また一話から。寒くなってきたから。

Gaku

いいね。あれは山梨県のあたりが舞台で、キャンプやアウトドアの楽しさを、自分たちにできる範囲で味わう話なんだよね。[2]

Gaku

あのあたりは湖が多くて、湖ができた成り立ちから話すと面白いんだ。あと、キャンプ場ごとに焚き火の決まりが違って、その違いがまた土地の事情と……

Nagi

ガクさん。それ、知らずに観てもいい?

ガクのストローが止まった。

Gaku

……いい。全然いい。ごめん。知識を、観るための入場券みたいにしてた。

Nagi

私ね、あれのいちばん好きなところ、一人でキャンプする子と、みんなでわいわいする子がいて、どっちもちゃんと楽しそうなところなの。一人も一緒も、どっちでもいいよって言われてる気がする。

Nagi

あと、湯気。外で食べるあったかいものの湯気って、なんであんなにおいしそうなんだろう。器を両手で持つ角度まで、覚えちゃった。

Takashi

私は……まだ観ていません。

Nagi

タカシさんは、たぶん最初の十分で寝ちゃう。いい意味で。

Takashi

いい意味で、寝る。

Nagi

焚き火の音がするアニメは、寝てもいいアニメなので。

Gaku

今夜、一話観る。解説なしで。メモも取らない。

Nagi

メモは取ってもいいよ。好きだった場面を、一行だけ。

Takashi

ナギさんは、日曜の夜は何を。

Nagi

きのう何食べた? を一話だけ。毎日のごはんを作って、二人で食べるお話。台所に二人で立つときの、半歩くらいの距離が好き。

Gaku

料理の話?

Nagi

料理の話。でも、ちょっとだけ、二人の話。観たあとに、自分のごはんをちゃんと作りたくなるの。

Takashi

観たあとに何かをちゃんとしたくなる作品は、良い作品です。……と、分析しかけました。失礼しました。

Nagi

いまのは分析じゃなくて、感想だと思う。

二時。ポテトの二皿目が来た。窓の外を、同じ柴犬が、今日三回目の散歩で通りすぎていった。

Gaku

ナギさんの「知らずに観てもいい?」、ずっと残ってる。僕は誰かに勧めるとき、いつも先に地図を渡そうとしてた。

Nagi

地図は、あとでほしくなったら、もらいに行く。

Gaku

じゃあ地図は、折りたたんでポケットに入れておく。

Takashi

私は、若い方に何か勧めるとき、歴史のたとえを三つ添えてしまうのです。

Nagi

一つでいいと思います。

Takashi

……一つにします。

Nagi

タカシさんって、夜は何観てるんですか。戦争のお話以外で。

タカシはカップを置いた。考えると少し間が空く人だが、今回の間は、いつもよりずっと長かった。

Takashi

……五等分の花嫁を。

ガクが、メロンソーダとカルピスの混ざったものに、盛大にむせた。

Gaku

五つ子の?

Takashi

ご存じでしたか。

Gaku

名前だけ。ラブコメだよね。五つ子の女の子たちに、男子高校生が家庭教師としてつく話。[3]

Takashi

はい。……この作品は、分析しません。今日はただ救われたい、という日に観るものですので。

Gaku

でも、家庭教師っていう仕組み自体は面白いよね。家の中に、家族じゃない人が、決まった曜日に入ってくる。昔の家だと、書生を住まわせたりして……

Takashi

書生でしたら、明治の……

Nagi

いまの、何の話?

Takashi

……また歴史の話にしてしまいましたね。

Nagi

五つ子の話、もっと聞きたかったのに。誰が好きなんですか。

長い沈黙があった。店員さんが一度お冷やを注ぎに来て、何も聞かずに去っていった。

Takashi

……それを口にすると、何かが壊れる気がいたします。

Gaku

組織の話をしてるときより、真剣な顔してる。

Nagi

いいな、それ。言ったら壊れちゃいそうなくらい好きなの、いいと思う。

五時。三人のグラスは、合わせて十九杯になった。タカシは結局、同じティーバッグを四回使った。

Takashi

ここは、私が。

Nagi

割り勘で。今日、私もちゃんと楽しかったので。

Takashi

……では、そうさせていただきます。楽しかったと言っていただけるほうが、ずっとありがたい。

Gaku

僕は今夜、ゆるキャン△。解説なし。

Takashi

私は、もう一度第20話を。

Nagi

……私も観てみようかな。20話から。

Takashi

それだけは、なりません。一話からです。

Gaku

歴史と同じで、順番を飛ばすと……

Nagi

ガクさん。

Gaku

……ごめん。またやった。

帰りの電車で、ナギはメモ帳に一行だけ書いた。「タカシさんの、それだけは、なりません」。観た本数は書かなかった。

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