6選の最後は、劇場アニメの『THE FIRST SLAM DUNK』です。この映画を観に来るお客さんの中に、何度も同じ顔を見つけた冬がありました。気がつけば私も、その一人になっていました。
見覚えのある顔
空の映画で劇場がにぎわった、その同じ年の冬のことです。終映後のロビーで、どこかで見た顔だな、と思う人が何人もいました。少し考えて、思い出す。先週も、その前の週も、同じ時間の回に来ていた人です。人の名前より、その人がいつも座る席番号のほうを先に覚えてしまう癖が、私にはあります。あの冬、私のメモ帳には、同じ席番号が何度も並びました。一人で来ていた人が、次の週には友だちを連れてくる。その次の週には、親子で来ている。連れてこられた人のほうが、終映後に目を赤くしていることもありました。席番号の横に「二人」「三人」と書き足していくのが、あの冬のひそかな楽しみでした。喜好
どんな映画か
漫画『SLAM DUNK』の作者の井上雄彦さんが、自分で監督と脚本を手がけたアニメ映画です。制作は東映アニメーションと、ダンデライオンアニメーションスタジオ。事实[1]
描かれるのは、インターハイで湘北高校が山王工業に挑む一試合です。その試合と並べて、湘北のポイントガード、宮城リョータの生い立ちが語られていきます。リョータは、三つ年上の兄に憧れてバスケットボールを始めた少年でした。事实[2]
一試合の、一秒
好きな理由の一つ目は、コートの上の動きです。大勢の選手が動くのを本物らしく見せるために、この映画ではCGとモーションキャプチャが使われたそうです。事实[1]
大きな画面で観ると、ボールを持っていない選手まで、ちゃんと走っているのがわかります。私はうしろの席から、つい画面の端の選手を目で追ってしまう。そして客席では、試合の大事な一秒が近づくと、ポップコーンを持つ手がいっせいに止まる。ふだん上映中に気になる小さな物音が、この映画ではなぜか一度に消えるんです。あの静けさを聞きたくて、通ってくる人もいたのではないかと思います。解读
試合のあいだに挟まる家族
二つ目は、試合が熱くなるほど、家族の話が静かに挟まってくることです。コートの上の速い時間と、リョータが育ってきた家の、ゆっくりした時間。その二つが交互に流れることで、一本のシュートの重さが変わって見えてくる。初めて観たとき、私は試合を観に来たつもりで、気がつけば一人の家族の話を観ていました。何がどう重なっていくのかは、ここには書きません。解读
別のスクリーンでもう一度
この映画は、ふつうのスクリーンでの上映に加えて、IMAXでも公開されました。事实[2]
三つ目は、だから何度でも観られた、ということです。私は二回目を、一回目とは別のスクリーン、別の音で観ます。同じ作品なのに、客席が違う。画面の大きな部屋では、コートの床の広さに驚き、音の強い部屋では、ボールが床を打つ音が胸に響く。いつでも観られる時代に、わざわざその場で、もう一度。通ってくるお客さんたちが何を確かめに来ているのか、自分も通ってみて、少しだけわかった気がしました。喜好
座る席も、回ごとに変えてみました。一度だけ、ふだんは絶対に選ばない前のほうの列に座ったら、コートの中に立っているみたいで、試合の流れを追うのに首が忙しかった。横の端の席では、選手が画面を横切っていく速さがよくわかりました。いろいろ試して、最後の回はやっぱり、いつものいちばんうしろへ戻りました。画面と一緒に、前に並んだ人たちの頭が見える場所。この映画は、客席ごと観るのがいちばん好きでした。喜好
同じ映画を、そんなに何度も。……カグラちゃん、ちゃんと食べてる?
食べてます、ほんとに。帰りにおにぎりも買いました。……シズカさんに言うと、なんでも見抜かれる気がします。
好きなものがあるうちは、大丈夫ですよ。でも、ごはんは先に済ませてから行ってくださいね。
原作を知らない人へ
原作の漫画やテレビアニメを知らなくても、入っていいのかな、と迷う人もいると思います。私の周りでは、初めてこの作品に触れたという人も、ちゃんと入りこんで帰っていきました。登場人物の関係は、試合と家族の話の中でだんだんわかってきます。バスケットのルールに自信がない人は、点数の動きより、リョータの顔だけを追ってみると入りやすいと思います。私も最初はそうしました。わからない言葉が出てきても、客席の空気が「いまのは大きい」と教えてくれます。隣の人の息の止め方で、試合の山がわかる。それも、劇場で観るときのひとつの楽しみ方だと思います。喜好
6本を並べてみて
町の小さな映画館で聞いた『アイアンマン』の拍手から始まって、学生の冬に客として通った『この世界の片隅に』、背中が沈むのを見た『トップガン マーヴェリック』。6本を並べると、私が好きなのは、作品そのものと同じくらい、その作品の前に座る人たちなのだとわかります。いつでも観られるものを、知らない人と同じ暗闇で、もう一度。この映画は、その理由をいちばんはっきり見せてくれた一本です。喜好
同じ席番号が、メモ帳に何度も並んだ冬。来週もきっと、あの番号の席に誰かが座る。私も、もう一回観ます。