十月の水曜、四限のあと。ソウマは書店のシフトに入る前に、中庭の自販機で缶コーヒーを一本買った。五時半の入りまで、一時間ある。ベンチに腰を下ろして、スマホのタイマーを五時十分に合わせた。
合わせ終わる前に、コンビニの袋を提げたエマが隣に座った。湯気の立つ肉まんを一つ、ソウマの膝の上に置く。
食べた? まだでしょ。……ねえ、聞いて。コードギアス、最後まで観た。
……最後まで、か。二期も。
二期も。毎晩少しずつ進めて、最後の何話かは週末の上映会で、白い壁に映したの。床のクッションで一緒に観てた子たち、最後のほうは誰もしゃべらなかった。
俺が観たのは中一の秋。放送からはずいぶんあとで、家の配信で一期から二期まで、続けて全部通した。止めどきは自分で決めろって前に言ったけど、止めなかったんだな。[1]
第1期は2006年10月〜2007年3月放送(第24・25話は2007年7月)、第2期『R2』は2008年4月〜9月放送。各全25話
止められなかったの。だから今日は、ソウマの番。ルルーシュのどこが好きなのか、ちゃんと聞きたい。ネタバレ、全部していいよ。私もう知ってるから。
……全部、か。じゃあ遠慮はしない。ただ、五時十分には立つ。
裏方の人の言い方だ。
入口だけ確認しとく。ルルーシュ・ランペルージって名前、本名じゃない。帝国の皇子だった子が、没落した貴族の家にかくまわれて、表向きは死んだことにして、名前を変えて暮らしてる。[2]
名前を変えて、学生のふり。
そう。で、俺が好きなのは、ゼロの仮面のほうじゃない。学園のほうの仮面。人前で目立たないように、わざとクールにふるまって、ときどきキザに決めて、たまに抜けたところも見せる。生徒会の副会長で、授業中は気づかれないように居眠りしてる。[2]
学園の回、私は休憩だと思って観てた。生徒会のどたばたとか。
休憩じゃない。学園の場面が、いちばん仮面が厚い。ゼロの仮面は、かぶってるのが誰にでも見える。学生の顔は、仮面だって誰にも気づかれないようにかぶってる。見えない仮面のほうが、作るのに手間がかかる。
ソウマも、サークルでそういう顔してそう。
してない。裏方は、顔を作る前に暗がりに入るから。
あはは。それ、作ってるって言うんだよ。
あと、あいつは体力がない。学園の行事で、走りにくい衣装を着た女子二人にも、走りで勝てない。[2]
見た! 息、切らしてた。頭はいいのに。
そこがいい。何でもできる主人公だと、観てる側の座る場所がない。一個だけ穴があると、観る側はその穴に座れる。稽古場でも、完璧な役は誰もやりたがらない。
穴に座る、って言い方、ちょっと好き。
で、体力がないくせに、戦いになると現場に出る。王が動かなければ部下はついてこない、って信じてて、黒の騎士団の作戦では自分が前に立って指揮をとる。[2]
俺は逆。本番になったら、袖に引っ込む側だから。ここだけは、何回観ても真似できない。
ソウマは、袖で全部数えてる人でしょ。それも王様の仕事の半分だと思うけど。
……別に。数えるのが早いだけ。半分は言いすぎ。三割。
ソウマは肉まんを半分に割って、湯気が抜けるのを待った。缶コーヒーは、もうぬるくなりかけていた。
組織が生まれるところの話もしたい。ゼロになって、新しく来た総督のコーネリアと初めてぶつかった戦いで、あいつは負けてる。人の心を十分につかめてないまま戦って、手痛く負けた。[2]
そのあと、ホテルで人質が取られた事件があって、人質を助け出したのをきっかけに、黒の騎士団を立ち上げると宣言する。自分たちは武器を持たない者の味方だ、って。[2]
負けてから名乗る。順番が正しい。最初から名乗ると、名前だけが先を歩く。一回負けた夜のあとで名乗ると、その名前に、負けた分の重さが乗る。……今のは忘れて。
やだ。覚えとく。
監督が、ルルーシュのことをこう話してる。本質はワガママで、人を見下してるところもあって、決して聖人じゃない。いいところも嫌なところも、全部まとめて持ってる人物だって。[2]
作った人が先に言い切ってくれてるのがいい。かばわない。だから観る側が、自分でかばうかどうかを決められる。
私は、ワガママだから好き。妹のためなら世界ごと動かすって、ワガママのいちばん上じゃん。
それは、同じ読み。
C.C.とのことは? 二人、ずっと言い合いしてた。
嫌みも皮肉も言うけど、嫌ってるわけじゃない。対等な相棒として、強く信頼してる。[2]
嫌みを言える相手が一人いると、仮面の外で息ができる。学園でもゼロでもない顔を、あの相手の前でだけ出せる。
言い合いが、休憩なんだ。
ねえ、そろそろ畳むとこ?
一期の真ん中から。開けるなら、肉まんを食べてからにしろ。冷める。
中段为止中盤の展開(第1期の中盤)点击展开
ソウマ「幼なじみのスザクは、帝国の軍にいる。敵どうしになっても、ルルーシュのスザクへの信頼は、最後までなくならない」
ソウマ「上からの命令で、スザクがルルーシュを道連れに死のうとする場面がある。そのとき、ルルーシュはとっさにギアスをかける。命令は一言だけ。『生きろ』」
ソウマ「人を思いどおりに動かせる力で、親友にかけた命令が、それ。命令の形をしてるのに、中身は頼みごとだ。俺は、これより短くて重い一行を、まだ知らない」[2]
開けた。……あそこ、私、声が出た。
出るよな。かけた側のほうが、かけられた側より驚いた顔をしてた気がする。
次は、一期の終わりのほう。ここは重いから、もう一段畳む。
结局·真相終盤の展開(第1期の終盤)点击展开
ソウマ「異母妹のユーフェミアが『行政特区日本』をつくると宣言して、ルルーシュは追い詰められる。でも二人は話して、和解する。手を組むと決めて、秘密にしてたギアスのことまで打ち明けようとする」
ソウマ「そのとき、知らないうちに暴走してたギアスが、一言を命令にしてしまう。彼女ならどうしたって従うはずがない命令の例えとして、ルルーシュが口にした言葉。日本人に手をかけろ、という意味の言葉だ。そこから惨劇が起きて、ルルーシュは事態を収めるために、彼女の命を奪うしかなくなる」
ソウマ「俺がこの作品でいちばん怖いのは、ここ。言葉が、置いた場所と違うところで火を噴く。例え話のつもりで置いた一行が、本番の台詞になる。ここを観てから、稽古場で冗談の段取りを口にするのが怖くなった」[2]
私、通訳の仕事のとき、例え話はなるべく訳さないの。冗談の例えって、別の言葉に移すと本気に聞こえることがあるから。
通訳でも、同じことが起きるんだな。
起きる。だから、あの回は耳が痛かった。……続き、いこ。
结局·真相終盤の展開(第1期の終わりと第2期の始まり)点击展开
ソウマ「一期は、遺跡で、追ってきたスザクに素顔を暴かれて、二人が向き合ったところで切れる。銃声が鳴って、物語はいったん幕を下ろす」
ソウマ「二期の始まりで、ルルーシュは何も覚えてない。父親のギアスで、自分が皇子だったことも、ゼロだったことも、母と妹のことも、記憶を書き換えられてる。見張り役の偽物の弟のロロと暮らして、また学園に通ってる」
ソウマ「一年ほどたって、C.C.と再会して、記憶とギアスを全部取り戻す。そこから、もう一回始まる」[2]
结局·真相終盤の展開(第2期の作り)点击展开
ソウマ「二期は、日曜の夕方の全国ネットに枠が移った。そのとき作る側は、ルルーシュは挑む側だから面白い、と言って、最初の構想を捨てて、力をなくした主人公がそれをまた手にするところから組み直した、と話してる」
ソウマ「主役の声の人は、ずっとあとのイベントで、二期の中身が、枠が変わる前に聞かされていたものと大きく違っていて、最初の構想がひとかけらも残っていないと驚いた、と明かしてる」
ソウマ「台本が途中で書き換わるのは、稽古場でもある。書き換えた台本で、一回目と同じ場所から主人公を走らせる。同じ道を、違う顔で。この組み方を観るたびに、進行表を一枚目から書き直したくなる」[1]
ロロの話、していい? 私、あの子の話がしたかった。
どうぞ。ロロは、俺よりそっちの読みのほうが合ってる気がする。
结局·真相終盤の展開(第2期の中盤から終盤)点击展开
エマ「ロロは、ルルーシュを見張るために置かれた偽物の弟。最初は、全部ふりだった」
ソウマ「その弟が、最後はルルーシュを救う。素性とギアスのことを暴かれて、団員たちに見限られて、粛清されかけたとき。ロロの捨て身で、ルルーシュは助かる」
ソウマ「ルルーシュって、失ってからやっと、自分の気持ちに気づく人なんだ。シャーリーのときも、ロロのときも。相手に向けた自分の気持ちが、いちばん分かってない」
エマ「家族のふりから始まったのに、最後のほうが本物の家族みたいだった。……私、ふりから始まる家族の話に弱いの」
ソウマ「妹のナナリーのほうは、自分の意思で、日本の総督になる。兄が全部をかけて守ろうとしてた子が、自分で前に出てくる。ルルーシュはそこで、それまでの意味を見失って、一度、自分を投げ出しかける」
ソウマ「でも、そのあとで悟る。自分の戦いは、もう妹のためだけのものじゃなくなってた、って。理由が一つ減ったあとで立ち上がる人の話に、俺はたぶん弱い」[2]
ソウマ、畳んだとこの真ん中で、一回黙ったよね。
肉まんを食べてただけ。
中庭の時計が、五時を少し過ぎた。サークル棟のほうから、発声練習の声が聞こえてくる。ソウマはタイマーの残りを一度だけ見て、画面を伏せた。
最後の話、して。
最後は、もう一段畳む。開けたくない人もいるから。
结局·真相結末点击展开
ソウマ「父親を倒して一か月後、ルルーシュは皇帝として即位して、スザクを自分ただ一人の騎士にする。貴族の制度をなくして、エリアにされた国々を解放して、歴代の皇帝と正反対の政治をやる。そのあと世界を独裁で支配して、全部の憎しみを自分一人に向けさせる」
ソウマ「最後は、ゼロになったスザクに、自分を討たせる。二人で決めた計画、ゼロレクイエム。それで計画は完遂される」
ソウマ「舞台の言葉でいうと、ルルーシュは最後に、自分が悪役で、自分が討たれる場面の進行表を書いた。立ち位置も、仮面を誰が引き継ぐかも。主役が自分の退場の段取りを全部組んで、本番では袖に戻らない。そんな舞台監督を、俺は他に知らない」
エマ「私は、仮面を受け取ったほうがつらいと思う。終わったあとも、秘密を一人で持って、別の名前で生きていくほうが」
ソウマ「俺は違う読み。持たされたんじゃなくて、渡されたんだと思う。進行表と一緒に」
ソウマ「作った二人は、ルルーシュを最後に死なせることで、最初から考えが一致してたらしい。あれだけのことをした罪は、許されないままでいい、という考えで」
ソウマ「それと、ディスクのおまけのドラマに一つだけ。ルルーシュは、仲間と花火を上げようと交わした約束を守るために、計画の前に、自分の代わりに花火を上げるようこっそり命じて、手順まで伝えてた。だから全部が終わったあと、ゼロも、ナナリーも、生徒会のみんなも、花火を見上げる」
ソウマ「自分がいない本番の、最後の合図まで残していった人。それを知った夜、俺は、ルルーシュの台詞より、ルルーシュの段取りのほうを好きになった」[2]
……開けた。おまけの話、知らなかった。ずるい。
本編の外にある。知らなくても、本編は閉じてる。
タイマーが鳴った。五時十分。ソウマは缶を握りつぶしかけて、やめた。リュックを肩にかける。
ねえ、最後に一個。ソウマ、今日一回も、ルルーシュのこと好きって言ってない。
台詞にすると、軽くなる。
段取りのほうは、さっき言ってた。
……聞かなかったことにして。
あはは。じゃあ次は、私の番ね。ロロの話、まだ半分しかしてないもん。
……行ってくる。閉店までに、POPが一枚書けそうな気がする。