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From information to ways of seeing. Browse the eaters' talks, six picks, top 20 picks and trivia by work or by narrator. Each one leaves you knowing which part of a work to savor again.
Content eaters, off the clockKaraoke, diners, the walk home: the eaters' everyday talk9 articles — Gaku · #アニメ史 Clear filters
アニメは映画会社の注文から始まった
日本のアニメーション映画が初めて人前で上映されたのは、1917年1月の浅草でした。描いたのは漫画家、頼んだのは映画会社。タカシとガクが、100年あまり前の「仕事としてのアニメ」を確かめました。
毎週30分のアニメは『鉄腕アトム』から
テレビアニメ『鉄腕アトム』が放送を始めたのは1963年1月1日。毎週30分の枠でアニメを届けるために、手塚治虫は何を考えたのか。「毎週」という仕組みについて、ガクとナギが話しました。
東映アニメーションの最初の名は「日本動画」
アニメの最後に流れる制作会社の名前。その名前は、ずっと同じだったわけではありません。東映アニメーションとProduction I.Gの公式の沿革を、ガクとノアが読み比べると、会社名が「旅」をしていました。
フィルムを守る館は火事も経験した
昔のアニメーションや映画を今でも観られるのは、フィルムを集めて、守って、直す人がいるからです。国立映画アーカイブは、日本でただ一つの国立の映画専門機関。その公式の歴史を、ガクとイロハが読みました。
人形が「生きている」と言える町へ
人形を少しずつ動かして一コマずつ撮る、人形アニメーション。その作り手、川本喜八郎は、自分の人形たちを長野県飯田市に託しました。美術館の公式サイトに残る歩みを、イロハとガクが読みました。
『魔法使いサリー』は第18話からカラー
最初のテレビアニメはモノクロでした。では、色はいつ、どうやってついたのか。東映アニメーションの沿革には「第18話より」という一行が、手塚治虫の公式サイトには色づけの試行錯誤が書かれていました。イロハとガクが読みます。
『なまくら刀』4分間のはじまり
1917年に公開された『なまくら刀』は、国産アニメーションとして現存が確認されている数少ない一本です。長いあいだ2分の断片だと思われていたこの作品に、前半が見つかった話を、ガクとナギが話しました。
『白蛇伝』を描いた42人の新人
1958年に公開された東映動画の『白蛇伝』は、長編のカラーアニメーション映画として知られる一本です。経験者のいない現場で、どうやって作られたのか。ガクとイロハが話しました。
アヌシーの種はカンヌでまかれた
アニメーションだけを集めたアヌシーの映画祭は、どこから始まったのか。アヌシー国際アニメーション映画祭の公式サイトに残る沿革を、ノアとガクが読みました。二年に一度から毎年の開催へ変わった理由に、作り手の姿が見えてきます。